隊列の後尾から、松永の部下を撥ね退けるようにしてこちらに駆け寄る男を、政宗は口の端を上げて見つめた。 政宗をかばって小十郎が抜刀しようとするのを、手の動きで制する。 「――真田幸村!」 「政宗殿!!」 どこから駆けてきたのか、その顔にうっすらと汗をにじませた幸村が、政宗の前で立ち止まる。 その、鳶色の瞳が、ひたりと政宗を見据える。 殺気すら感じさせるその視線に、政宗は面白い物でも見たかのように口笛を吹いた。 「――どうやら、シシ神退治を手伝いに来た、ってわけじゃねぇようだな?」 「なぜ、森と争わねばならぬのでござろうか」 「Ah?」 幸村の問いに、政宗は眉を上げた。 「何だ、禅問答でもしに来たのか?」 茶化すような政宗の言葉に、しかし幸村は表情を変えずに言う。 「貴殿が何より想っておられた里の、民たちを犠牲にしてまで、森と争う理由は何なのでござる!」 「hm――」 政宗の眼が、冷たく光る。 ゆら、とその肩が動いた次の瞬間、 「ッ!!」 とっさに構えた幸村の槍の柄に、政宗が抜いた一振りの刀の刃が食い込んでいた。 「・・・・・・余所者には関係のないこった、さっさと失せな」 先ほどまでとは違う、低く、殺気の籠った、声。 しかし幸村は、正面から力比べを続ける。 「ッ、某が、余所者であることと、貴殿の所業には、関係が、ござらぬ・・・・・・ッ!」 その鳶色の瞳に、炎のような輝きが宿る。 「貴殿にとって大切なのは、決してシシ神の首などではなかろう!貴殿を慕う民たちこそ、守るべきものではござらぬかッ!!」 「――目先だけでモノを、」 政宗の刃が、重さを増す。 「言ってンじゃねぇよ!!!」 轟、と音がして、剣圧の衝撃波が木々を揺らした。 「政宗様!」 頬を裂くように通り抜けていくそれに眼を細める小十郎の視線の先、二槍を構える幸村に退治する政宗が、六爪を抜く。 「シシ神は諸悪の根源だ!あのmonsterがいなくなれば、里の平和が保てる、この先何百、何千の民の生きる場になる!そのためなら、多少の犠牲は、」 襲い掛かる六の刃をそれぞれ槍の矛先で受け止める。鋼と鋼がぶつかり、火花が散った。 「仕方がないと申されるか!そのようなお考えだから、森との争いは終わらぬのだ、神々は我ら人の敵ではござらぬぞ!!」 「Ha!ならテメェの腕はどうして呪いを受けた!テメェの生命を奪おうとしているものこそ、森じゃねぇか!!」 がつりと音がして、幸村は六爪を弾き返す。 「違う!この身を滅ぼさんとするのは、森ではない!憎しみそのものでござる!憎しみに憎しみで応酬していては新たな呪いを生むだけだ!それでは何も、変わらない!!」 「ケツの青いガキが、甘っちょろい寝言は寝てから言いやがれ!!」 「――ふむ」 一触即発の空気が漂うふたりの間、およそ無遠慮に、その男は踏み込んだ。 「なかなか興味深い論議だ」 「松永テメェすっこんでやがれ、じゃねぇとまとめて斬るぜ」 凄みを増した政宗の声にも、松永はゆったりとした笑みを崩さないまま、幸村の方を向く。 「やあ。久しぶりではないか、元気そうで何よりだ」 「貴殿は・・・・・・!」 その皮肉めいた笑みに、幸村は槍を退く。 この男こそ、ここに至るまでの旅の途中で幸村が出会い、シシ神の森のことを教わった人物であった。 「独眼竜、卿も刀を納めたまえ。もうじき日暮れだ、我らにはあまり時間がない。西海の鬼は我らの思惑通り、もうじきシシ神の池に着く頃合いだ」 「!」 西海の鬼、その単語に幸村が眉を動かす。 彼のカミには、が行動を共にしているという話だった。 「しかし、やはり狐に比べればイノシシというのは短絡的な動物だ。ほんの少し仲間の殺し方に残虐性を加えただけで、容易くタタリ神に堕ちる」 「なッ、」 この男は得体が知れない。その言葉を信じる証拠はない。 だが。 西海の鬼が、タタリ神になったというなら。 は。 「――ッ」 幸村は一度眼を閉じると、二槍を背に納めた。 そして、再び政宗を見据える。 「政宗殿!今一度、貴殿が大切なものは何なのかをお考えなされよ!!」 そう言い残して、幸村は森の奥へと駆け出す。 「!待ちやがれ真田幸村!!」 追おうとした政宗を、松永が手で制する。 「そう慌てずとも、あの若者と我らの目指すものは同じだ」 余裕に満ちたその声が気に入らなかったが、政宗はいらいらと息を吐いて六爪を納めた。 ――何が大切なのか。 そんなもの、他人に言われずともわかっている。 木々の間を縫うように走る、その視界の先に、見覚えのある池が現れた。 あの時、の介抱を受けて、そしてイノシシたちと会った場所。 おそらくはここが、シシ神の池。 「!」 その岸辺に、見知った姿を見つけて幸村は駆け寄る。 「佐助!」 青年の姿をした天狐の身体が、池に足先を浸けながら、仰向けに横たわっていた。 力なく閉じられた瞳、血の気の引いた顔。 「佐助・・・・・・」 死んだの、だろうか。 身体に外傷は見当たらないから、おそらくはその身に受けたという銃弾によって。 「ッ!」 気配を感じて、振り返る。 木々の向こうから、何かが近づいてくる。 じゃらじゃらという、鎖の音。 「――西海の、鬼・・・・・・!」 眼前に迫る、その姿が木々を越えて明らかになって、幸村は無意識に息を呑んだ。 ――もはやそれは、故郷の里を襲ったものと同じ、タタリ神だった。 その身体の至る所から生え出た、赤黒い蛇のような何かが、ずるずると彼のカミの大柄な身体をのたうっている。 見えていないはずの右目は血走り、ぎらぎらと狂気じみた光を宿している。 聞こえていた鎖の音は、右手に下げた大槍を引きずって出たものだ。 そして、その左腕。 「!!」 片腕に抱えられている少女の身体に力はなく、その細い体躯にも蛇のような何かが這いまわっている。 池に進もうとしているのか、引きずるようにその足を進める元親の眼前に立って、幸村は両腕を広げる。 「西海の鬼よ!鎮まりたまえ!!」 声が届いたのか、元親が足を止める。 「元親殿、狐の姫を返してくだされ!――!聞こえるか!!」 呼びかけても少女の身体は動かない。 まさかという思いを打ち消して、幸村は背の槍に手を伸ばし、 ――違う。 ここで武器を持って、西海の鬼を倒すのであれば、それは毛利元就を殺した時となんら変わらない。 そう、先ほど、自分が政宗に言った通り。 それでは何も、変わらないのだ。 「元親殿!某の声は聞こえてござるか!?心を鎮めてくだされ!!」 『お゛あ゛あ゛あ゛あァァ!!!!』 まだかろうじてひとの形を残しているその口から、まるで獣のような咆哮が発せられる。 「元ち――ッ!!!」 なおも呼びかけようとした幸村に、元親は右腕の大槍をぶんと振り回す。 迫る刃をすんでのところで避けて、しかしその後ろから這うように伸びた鎖が、幸村の脇腹を捉えて身体ごと吹き飛ばす。 「ぐッ!!」 受け身も取れずに弾かれた幸村の身体は、そのまま池に突っ込んだ。 水飛沫が上がり、跳ね返った水が、その場に倒れていた佐助の頬を打つ。 『お゛お゛ア゛ア゛ァァ!!!』 元親の咆哮が響き渡る中、佐助の瞼が、ゆっくりと持ち上がった。 「・・・・・・あーあ・・・・・・」 うすく開いた唇が、呟くように言う。 「あの男のために置いといた、最後の力だってのにさァ・・・・・・」 そしてその身体が、ゆらりと起き上がる。 暁の色の髪が、風もないのにふわりと揺れる。 幾分血の気の戻った顔が、眉を下げて苦笑を浮かべる。 「ったく・・・・・・、何なの、そのザマは」 左手に現れた大手裏剣の刃が、風を切るような音をたてて回転する。 『オ゛ア゛ア゛ァァ!!!!』 牙を剥きだした元親の咆哮、それとともに吐き出された血が佐助の頬にも飛ぶ。 「言葉まで失ったってわけ?」 その顔から、表情が抜け落ちる。 手裏剣の刃が、ぴたりと止まる。 その、温度を感じさせない瞳が、元親を見据える。 「――俺の娘を、返してもらおうか」 その怜悧な声と同時、元親が大槍を振るい、佐助が地を蹴った。 戻 続 上 戻 20120828 シロ@シロソラ |