幸村の故郷はここより東の果て。一族は山深い里で、鳥や獣たちと共存して生きていた。
 その里を、何処からか現れたタタリ神が襲い、民を守ろうとした幸村は、右腕に受けた呪いの痣と引き換えに、タタリ神を殺した。
 槍の穂先で貫いたタタリ神の身体から、あの蛇のような触手のような、赤黒い何かがずるずると抜け出て行った後に残ったのは、ひとりの青年の姿をしたカミだった。
 ――『汚らわしき、ニンゲンどもめ。我が苦しみと憎しみを、思い知るがよいわ――』
 そう言い残してカミの身体は腐り落ち、本性なのであろうイノシシの骨だけがその場に残った。
 ――『・・・・・・それは、骨まで届いて苦しみとともに死に至る呪いです』
 右腕の痣を見て、一族の巫女姫は、そう言った。
 ――『でもダイジョーブ!宿命は変えられなくても、ただ待つか、立ち向かうかは選ぶことができます!』
 その、占いの結果が指示したのは、西。
 ――『何か西で、とっても恐ろしいことが起こっています。そこへ赴き、曇りのない眼でバーン!と見定めることが大切ですッ』
 そうして、幸村は故郷を後にした。
 疼く右腕の痣が日ごとに広がっていくのを見ながら西へ西へと旅を続け、途中知り合った男に、この地に棲まうというカミたちの長、シシ神の話を聞いた。
「――それで、わざわざこの国までその呪いを解きに来た、ってワケか?」
 この里の主である男が、精錬されたばかりの鉄の板を手にその様子を見ながら、言った。
 伊達政宗という名のこの男は、もともとは山であったこの地を拓き、土から砂鉄を取り出して良質な鉄を作る民の長である。
 政宗の問いに、幸村は答えず、懐から黒光りする鉄の塊を取り出した。
「・・・・・・これに、見覚えがおありか」
 政宗はそれを一瞥し、傍に控えていた小十郎に鉄を渡した。
「良い鉄だ。このまま続けろ」
「は」
 鉄を受け取った小十郎が下がっていくのを見てから、その隻眼が幸村を映す。
「――見覚えなら、ある」
「某の里を襲ったタタリ神の身体から出てきた物でござる。肉を裂き血を腐らせ、あのカミをタタリ神へと堕とした毒の礫だ」
 怒るでも、恐れるでもない。ただ静かな幸村のその言葉を聞いて、政宗は傍らに置いていた煙管を持ち上げる。
「毒の礫?No、それは銃弾だ。ウチで使ってる、新型の、な。この辺りのヌシだったカミなら覚えがあるぜ?毛利元就だろう。山を削ったら襲ってきやがったから撃った。東の方に逃げたとは思ったが、そんな果てまで行くとはな。道すがらあらゆる祟りを身に取り込んで、タタリ神になったか」
 政宗は煙管を吸うと、口から紫煙を細く吐いて、幸村を見据える。その口の端が、上がる。
「つまり、アンタのその呪いの原因はこの俺にあるってことだ。どうする?俺を殺してみるか?」
 挑発とも見えるその眼差しを、幸村はまっすぐと受け止める。
「否。某は、この地で何が起きているのかを知りたいのでござる」
「知ってどうする」
 その問いに、鳶色の瞳に光が宿る。
「曇りなき眼(まなこ)で見定め、決める」
 迷いなく発せられたその言葉に、政宗は一瞬言葉を失ったように瞬きをし、そして噴き出した。
 腹をかかえるようにして笑う政宗を、幸村は表情を変えずに見つめる。
「――Ha、アンタ面白いな、marvelousだ!」
 笑いを納めた政宗はそう言って立ち上がる。
「ついて来な、見せてやるよ。――小十郎、少し外すぜ!」
 鉄の仕分け作業に追われていた小十郎が「承知」と答えるのを聞いて、政宗は外へと歩いて行く。幸村はその背を追った。




 日が暮れて、里の者たちは夕餉を摂っているようだ。あちこちに焚かれている篝火が里を明るく照らし、時折聞こえる人々のにぎやかな笑い声がこの里の活気を表しているようだった。
 幸村は、その様子を見ながら、煙管を片手に歩いて行く政宗の後を歩いている。
「筆頭!」
 通りかかった小屋からちょうどこちらに顔を出した男が、政宗の姿を見つけて声をかける。
「この間は狐から守っていただき、ありがとうございやした!」
「筆頭!どうですか一献!おかげさまで旨い酒が手に入ったもんで!」
「筆頭!」
 通りかかるごとに、民たちは政宗に声をかける。
 政宗はそのひとつひとつに答えながら、歩いて行く。
 里で最も大きな建物の前を通り過ぎようとして、幸村は足を止めた。
 開け放した戸からは中の様子が見える。
 巨大な窯に、赤々と火が燃えていて、その傍らで火に風を送っているのか、鞴(ふいご)のようなものを足で踏んでいる者たちが見える。
「――珍しいか?」
 先を行っていた政宗が戻ってきて、幸村に言った。
「は、」
「ああやって、砂鉄を溶かして鉄を作っている。火を止めるわけにはいかねぇからな、夜だろうと交替でずっと鈩(たたら)を踏むのさ」
 政宗の姿に気が付いた者たちが居住まいを正すのを、「気にするな」と手で制して、政宗は先に進む。
 汗だくで鈩を踏む者たちの姿をもう一度視界に納めてから、幸村は駆け足で政宗の後を追う。
 しばらくして、里の外れの館にたどり着いた。
「筆頭!」
「邪魔するぜ」
 門番と思しき男にそう言って、政宗は館に入っていく。
 後に続いた幸村は、門番に会釈し、その男が身体じゅうに包帯を巻いていることに気づいた。
 病だろうか、そう思いながら政宗の後を追って館に入る。
 中は、灯りが焚かれて明るかった。
「筆頭、」
「いい、そのまま続けな」
 座り込んで作業をしていた者たちがこちらを一斉に振り向くが、政宗はそう言って制する。
 幸村は広間を見渡す。
 ここにいる者たちは、老人が多いようだ。男女問わず、門番のように身体じゅうに包帯を巻いていたり、あるいは手足を失っていたりしているようだった。
 不自由な身体で、幸村の見たことのない器具を使いながら、何かを組み立てている。
「どうだ?」
「今のところ、組み上がっているのはこちらでございやす」
 作業をしていた一人が、そう言って政宗に渡したのは、石火矢だと見えた。
 東の果てからここにいたるまで、何度か眼にした侍たちの戦において、使われていたのを見たことがある。
 侍たちが使っていたものよりは、ずいぶんと小さくなっているように見えた。
「――ちょっとまだ重いか?」
「ホホ、そのように軽々と持ち上げられて」
「いや俺はいいけどさ、お前らでも扱えるようなものを目指してンだから。よし、一発撃ってみるか」
 そう言って石火矢を肩に担いで、政宗が梯子を上がっていく。梯子の先は屋根の上に通じているようだ。
「――お若いの」
 声をかけられて、幸村はそちらを振り向いた。
 そこには、顔まで包帯で覆った者が、横たわっている。
 包帯の布越しに、不明瞭な声が聞こえる。
「見ない顔だね。旅人かい」
「は、某は東の果てよりこの地に参り申した。今は政宗殿に、この里を案内いただいていおりまする」
「そうかい。ここは、いいところだ。気に入ったなら、住むと良い」
「そうそう、筆頭もお優しいし」
 作業の手を止めた者が、こちらを向いて言う。
「何しろウチらみたいな、余所では生きてもいけないような病持ちやけが人も、まとめて面倒みてくだすってるんだから」
「石火矢の衆を従えて、物の怪や獣からも、守ってくださる」
「麓の里で売られそうになっている子どもを拾ってきたりね。ここの者はみんな、筆頭に救われているのさ」
 口ぐちに言われるその言葉に、幸村はわずかに眉根を寄せた。
「左様で、ござるか」
「――真田幸村!何してンだ、上がって来いよ!」
 上から政宗の声が降ってくる。
「たまに無茶なさるのが、よくないけどねぇ」
「片倉様も、気苦労の絶えないことだ」
 苦笑しながらそう言う者たちに礼をしてから、幸村は梯子を昇った。




 屋根の上は物見櫓が組まれていて、その上に政宗がいる。
 吹き抜けていく風を頬に感じながら、幸村はそこまで昇った。
 櫓にたどり着くと、政宗が山の方角に向かって石火矢を構えている。
 ダァン、と音がして、火の弾が山に向かって飛び、着弾したあたりで何かが蠢いたのが見えた。
「また来てやがったな」
「来る、とか?」
 問うと、政宗は今しがた撃ったばかりの石火矢の様子を見ながら答える。
「山の、サルさ。あの辺は俺らが拓いたところだが、夜になるとアイツらが木を植えに来る。森を取り戻そうと、な」
 いかがですか、と階下から声がかかって、政宗は大きな声で答えた。
「ああ、射程も申し分ない!いい仕事だ!」
 そして、幸村に視線を戻す。
「なあ、真田幸村。お前ここに留まる気はねぇか?その背の槍は、飾りじゃねぇだろう。何しろウチは、人手不足でな」
「・・・・・・石火矢衆とやらは、たくさんおられるようだが」
 幸村の言葉に、政宗が口の端を上げる。
「アレは借り物だ、っつうか、おそらくそのうち敵になるンだろうさ、その前に味方は増やしておきたいんだ」
「某が、そなたの味方になると?」
「アンタ悪いヤツじゃねぇだろう?その上腕も立つなら、scoutしておいて損はねぇ、you see?」
 幸村はそう言って笑う政宗の顔を見つめ、そしてその手が持つ石火矢に視線を動かす。
「――そうやって、これからも憎しみを増やしていくおつもりか」
「憎しみ?Ha、ケモノに恨みもクソもねぇだろうよ。こうやって山を拓いていけば、カミとかいう奴らもただのケモノに成り下がる、そうすればここはもっと豊かな土地になる。シシ神だって、俺は殺すぜ?アレは、俺たちの世には必要ないモノだ」
 言って、政宗はにいと笑う。
「そうだ、シシ神の首は不老不死の薬になるらしいぜ、アンタの呪いにも効くんじゃねぇか?」
 冗談めかして言う政宗を、幸村は答えずに見つめた。
 銃を再び構えながら、政宗は山を見据える。
 その隻眼には、冷たい炎のような光が、宿っている。
「――山のチカラが弱まれば、もののけ姫も人に戻るだろ」
「もののけ姫?」
 聞き返す、幸村の脳裏にあの少女がよぎる。
 口元を血で汚したあの少女の、あの深い色の瞳。
「あァ、人でありながら、獣に心を奪われた哀れな娘だ。親狐ともども、俺を殺そうと狙っていやがる」
 その時、カンカンカンと、鐘を打つ音が里に響き渡った。
 政宗が、にいと笑う。
「ほら、噂をすれば何とやら、だ」


   


20120821 シロ@シロソラ