第十章 第十二話 |
大坂からの使者が躑躅ヶ崎に現れたのは、忍隊が、その長を含め誰一人欠けることなく戻って数日後のことだった。 使者が携えていたのは、武田軍に正式に同盟を乞う、石田三成直筆の書状である。 真田幸村以下十数名からなる武田家の特使が大坂城へ辿りついた頃、季節は秋の深まりを迎えていた。 天高く晴れ渡った空には鰯雲が見て取れ、城内に植えられた木々は葉の色を艶やかに染めつつある。 通り際に見た限り、葉色の鮮やかな欅(けやき)や銀杏も見受けられたが、どうやら桜も多く植えられているらしかった。春になればさぞ見事に咲き誇るのだろう。彼の覇王・豊臣秀吉にも、桜を愛でる心があったのだろうか。 「?」 紅葉の見ごろは恐らくもう少し先、桜が多いなら躑躅ヶ崎の山ほどの絢爛な紅の錦は望めないだろうが、風情のある光景が見られるのかもしれない、徒然とそんなことを考えていたほたるは、幸村の声に我に返った。 「は、」 俯きかけていた視線を上げれば、自分より斜め前に腰を降ろした幸村が、こちらを振り返っている。室内にはの他は幸村ひとり、甲斐から連れ立ってきた部下たちは別室に控えている。 案内を受けて通されたのは、本丸御殿の一室である。先日忍び込んだ際には外からしか見なかったが、中に入っても豪奢な造りの館だった。畳敷きの部屋が連なっていて、隔てる襖にはそれぞれしばらく見惚れてしまうような絵や、金箔を使った文様が描かれている。小田原城の天守を知っているから見てもそれとは比べようもないほど調度品も充実していて、こういったものをあまり見慣れていない幸村ともども目を丸くした。 とにもかくにも、他家の人間をこのような城中奥深くまで招き入れるのだから、石田三成の同盟の意思は本物と見ていいのだろう、そうは考えている。 仮にも忍隊が一戦を交えた直後の同盟の申し出であり、報復のための罠である可能性も捨てきれなかった。それでもが幸村の大坂行きに反対しなかったのは、実際に石田三成を眼にしたからだ。彼の男は佐助を「徳川の間者」と見て相手をしていたのだし、仮に真田忍びであったことが露見して報復しようとしたならば、このようなだまし討ちではなく真っ向から軍を率いて攻め入ってくるはずだった。 月下の大坂城で見聞きしたすべてを、幸村は佐助とから聞いている。石田三成を凶王たらしめる憎しみや悲しみも、「黒い腹」とあだ名される大谷吉継の底知れ無さも、すべて。 それらを聞いたうえで、それでも、幸村の石田軍との同盟締結の意志は固かった。 「・・・・・・大事ないか?そなたは別室で休んでいてもよかったのだぞ」 こちらを見つめる幸村の、気遣わしげな視線に気が付いて、は一度瞬きをした。 短期間の間に大坂と甲斐を往復していることを指しているのだと判断して、否と答える。 「大丈夫だ。休憩が必要なほど、疲れてはいない」 「いや、そうではなく」 の答えに、幸村が眉を下げた。 「ほどなく石田殿や大谷殿がいらっしゃるだろう、そなたは顔は見られていないとはいえ、居心地のいいものではなかろう?」 「・・・・・・、」 幸村が懸念していることを理解して、相変わらず過保護なことを、とは考えた。それをそのまま言葉に乗せようとして、その言葉を飲み込む。 違う。 幸村は、過保護なのではない。 それだけ、自分を案じてくれているということだ。 それをは、きちんと理解している、つもりだ。 「・・・・・・貴方が案じるのももっともなのだろうが、心配は無用だ。貴方の言うとおり石田殿にも大谷殿にも顔は見られていないし、大谷殿には気配を察せられたようだったが、それで危害を加えるようなら、そもそもこのように回りくどい方法はとらないだろう」 そう言って、はわずかに、口元を緩める。 「それに、言ったはずだ。わたしはたとえ微力でも、貴方を支えるひとりでありたい」 「・・・・・・」 「此度は佐助が顔を出せないからな、あの男ほどの働きはできようはずもないが、それでもわたしが何かの役に立つかもしれないだろう?」 そもそも佐助は忍びであるので、こうした公の場には姿を現さないのが通例である。さらにと違って、佐助は先の一件で石田三成にも姿を見られている。よって、間違ってもこの場に同席するわけにはいかない。 恐らくは今もこの天井裏にいるのだろう、気配は辿れないまでも、はそう思っている。 石田軍との同盟は、武田家にとって今後の命運を左右するであろう一大事だ。 ここに至るまでのお膳立てを佐助が成すことができても、今この場は彼の忍びの力を借りることはできない。 幸村もそれを重々承知したうえで、おそらくはたったひとりで、この場に臨もうとしたのだろう。 「・・・・・・そうか、わかった」 の言葉を聞いて、幸村はわずかに緊張していた表情を緩めた。 「ではよろしく頼むぞ、」 「ああ」 小さく笑って頷いて、は膝の上で拳を握った。 大丈夫だ。 わたしたちは、ひとりではないから。 しばらくして、足音と共に近づく気配に、ふたりは頭を下げた。 襖が開いて、平時だというのに戦装束を解いていない石田三成が、具足の音をたてて室内に入る。その後ろを追うのは、やはり何の仕掛けか宙に浮かぶ輿に胡坐をかいた、大谷吉継の姿だ。 頭を上げた幸村が、初めて目にするその姿にかすかに肩を動かしたのが、佐助からも見えた。 佐助は今、幸村の頭上、天井の板一枚を隔てたところに陣取っている。 の言葉通り、今回ばかりは佐助が顔を出すわけにはいかない。あの日、石田三成に斬り捨てられた佐助の分身は、一定の時間がたった後に術の効果が切れて消えたはずで、佐助を真田忍びと知ったうえで「徳川の間者」呼ばわりした大谷吉継については別だが、この状況で石田三成の前に姿を現せば、凶王に再び斬られるであろうことは必至であるし、幸村達にもいらぬ嫌疑をかけられかねない。 そういうわけで佐助はこの場に身を潜ませている。 腹の傷口はいまだ完全には塞がっておらず、は何か言いたそうにしていたが、結局止められることは無かった。難儀なお嬢さんの聞き分けが良くなったのなら僥倖だが、何をしでかすかわからないところがあのお嬢さんの難儀なところである。 それよりも。 眼下の様子から注意を逸らさないまま、佐助は周囲の気配を探る。 先の一件ではあれほど湧いて出た石田軍の忍びが、今日は全く姿を見せない。 佐助とて見つかれば面倒なのでそれなりに身を潜ませてはいるのだが、そもそもこの辺りには忍びの気配すら無いのだ。 仮にも本丸御殿である。 ここまで警備が手薄であるはずがない。 眼下、石田三成の傍らに輿ごと床に付けた大谷吉継に視線を走らせる。 忍びの姿が無いのは、おそらくはあの男の指示によるものなのだろう。 佐助にとっては都合がいいことではあるが、誘い込まれているような気もしてあまりいい気はしない。 嫌そうにその眼の下に皺を刻んだところで、眼下では同盟の為の会談が始まっていた。 そもそも、今回の同盟は石田から請うたものであり、正式な書状が甲斐に届いている以上、それに対する返書を認(したた)めれば同盟は成立するのだ。 それを、わざわざ大坂まで足を運んで同盟相手と顔を合わせたのは、幸村らしいところではあった。 そういえばかつて信玄は、伊達家との同盟のために、わざわざ奥州国主を呼び寄せていたと、佐助は思い出す。 「此度の同盟のお申し出、武田家当主・武田四郎勝頼も喜んでおりまする」 幸村の言葉運びは、穏やかながらはっきりとしている。ぴんと背筋を張って石田三成と相対する姿は、若き総大将の生まれ始めた風格を漂わせていた。 信玄の目論み通り、薩摩行きは幸村を一回り以上成長させてみせた。あるいは、彼を成長させたのは信玄の不在そのものかもしれない。信玄が健在であれば、こうしてひとつの家を代表して同盟の場に臨むなど、ありえなかったのだから。 背丈だって伸びた。最後に背比べをしたのはいつだったかと記憶を巡らせてみる。あの頃はまだまだ佐助の方が勝っていたのに、もうその目線の高さはほとんど同じだ。成長期などとっくに終わっている佐助に対して、年若い幸村の背はまだまだ伸びるのかもしれない。 主の姿を誇らしげに見つめていた佐助の耳に、石田三成の冷たい声が突き刺さった。 「――くだらぬ前置きはいい」 氷のような眼だと、佐助は思う。 「真田幸村といったな。私は慣れ合いはしない」 あの月下で撒き散らしていたような純度の高い殺気を、そのまま凝らせたような。 「貴様今すぐここで、豊臣を裏切らぬという証を示せ」 ひくりと、佐助は眉を動かした。 心の臓を突かんと狙う刃のような声だ。 幸村が、ゆっくりとひとつ、瞬いた。 「それは、この幸村の言葉では信じていただけぬということでござろうか」 幸村の眼は真っ直ぐと、石田三成を見据えている。 佐助の位置からでは直接それを見ることは叶わないが、炎を宿した双眸だ。 しかし石田三成は、表情のない顔を一切動かさない。 「何度も言わせるな。貴様の意志を証明しろ」 流石に、幸村が口を噤んだ。 何を。 佐助は、己の内に殺気が膨れ上がるのを感じた。 あの男は、何を言っている。 石田三成の傍ら、全身を包帯で覆った身体に朱赤の具足を身に付けた異形の男を、佐助は睨む。 大谷吉継の誘いに乗って、わざわざ大立ち回りまでやったのだ。それで納得したから、今回の同盟申し出があったはず。 なのに、これ以上、何を求めると言うのか。 気配を漏らすわけにはいかない、膨れ上がる殺気をなんとか押しとどめる。 噛みしめた奥歯がぎしりと軋む。 どうする。 降りるか。 石田三成に顔を見られるのは得策ではないが、そもそもの発端は大谷吉継にあるのだから、そこを突けば対等以上に渡り合えるだろうか。 帷子の上から、腹の傷を押さえる。 まだ本調子ではない、この状態でのこのこと凶王の前に現れれば今度こそ殺されるかもしれない。 口元が、笑いの形に歪む。 上等だ。 目的の前には、生き死になんざ三の次。 そう考えて、行動に移そうとしたそのとき、 ――が、「こちら」を、見た。 一瞬だった。 それまで幸村達のやりとりを無言で見守っていたが、寸分違わず、佐助に視線を向けた。 その一瞬、こちらに向けられた瞳のその色が、佐助の腹に集まりかけていた熱を冷ます。 「・・・・・・発言を、お許しいただけるでしょうか」 の声が、聞こえる。 「何だ、貴様は」 「真田幸村が家臣。と、申しまする」 石田三成の、やはり一切変わらない無表情を、同じく無表情で、は真っ直ぐと見つめている。 「石田殿。証とは、意志の証明とは、眼に見えるものでよろしいでしょうか」 「言いたいことは完結明朗に伝えろ」 温度の無い石田三成の声色に、かすかにいらだちが混じったのが、佐助にもわかった。 ひどく、嫌な予感がした。 は、何を言おうとしているのか。 ふと、気づく。 は今も男装のまま、その袴姿は線は細いがかろうじて武家の令息に見える出で立ちである。それなのに、彼女は男子としての、の名を名乗らなかった。 それが何を意味するのか。悪い予感が膨れ上がる。 が、石田三成から視線を外さぬまま、口を開いた。 「ならば申し上げます。――わたしを、貴方の養子にしていただけませぬか」 佐助の奥歯ががちりと鳴った。それと同時、幸村が驚いた声を上げる。 「!?」 振り返った幸村の顔を見もせず、はただ、石田三成と視線を合わせている。 「何のつもりだ、貴様」 「古(いにしえ)より、同盟の証には婚姻が結ばれるもの。わたしは、この真田幸村殿と、――近く祝言を挙げようと誓った仲にございます」 悪い予感が、的中した。 佐助は目まぐるしく考える。 の言葉を覆す方法を。 その間にも、の平坦な声が続く。 「わたしを貴方の養子にしていただき、貴方の娘として真田家へ嫁げば、石田家と真田家は親族となりまする。これが証には、なりませぬか」 石田三成が、驚いたのかかすかに眼を見はった。 「、そなた何を」 幸村が漸く、口を挟んだ。 そう、何を言っているのだ。 何を言っているか、わかっているのか。 それはつまり、 ――同盟の証に、己の身を人質として差し出すと、そう言っていることと同義だ。 恐らく同じことを幸村も考えているはずで、その表情は険しい。 天井裏で佐助は、他の方法は無いかと必死に考えている。 それら全てを嘲笑うように、それまで発言を控えていた大谷吉継が、口を開いた。 「・・・・・・ヒヒ。同盟相手としてはなかなかの器であろ、三成よ」 その口は笑みの形に、包帯の間を裂いている。 「ぬし、と申したか。三成はこのとおりまだ歳若で、嫁取りもしておらぬ。養子とはいえ子の存在は今後の縁組にも影響しよ」 幸村が、明らかに安堵の表情を、浮かべた。 佐助も一瞬、それに吊られた。 思わぬところから、助け船が出たと。 「凶王の黒い腹」を相手にしていると、わかっていた、はずなのに。 「刑部!私はそのような!」 大谷吉継の言葉に、石田三成が初めて表情を動かした。眉を跳ね上げて、傍らの男を睨みつける様子は、やはりあの月下で相対したときと同じように、彼が直情型であると明らかにしている。 その、石田三成の言葉を遮って、大谷吉継が、その不気味な色合いの双眸を、へ向けた。 「――だから、ぬしはわれの養子としよ」 ぎくりと、幸村の肩が強張る。 は表情を変えなかった。 顔色を変えている幸村も、天井裏で焦燥に駆られている佐助も、すべて眼中にないかの様子で、その視線はひたりと、大谷吉継に向けられている。 「大谷刑部少輔の娘として真田に嫁ぎやれ。それで問題ないな?三成」 問われた石田三成は、の顔を一瞥して答える。 「・・・・・・貴様がそれでいいと言うなら」 「ならば決まりよ」 最悪だった。 同じ人質なら、まだあの凶王の方が、表裏が無さそうでよかったかもしれない。 幸村が、眉根を寄せている。 それを面白そうに見つめて、大谷吉継は嗤った。 「そうよなァ、徳川を滅ぼした暁には、それは盛大な婚儀を取り計らお」 引きつれたような嗤いの混じるその言葉にはもちろん、徳川を滅ぼすまではの身柄を預かるということが含まれている。 す、と作法通りに、が平伏する。 「忝く、よろしくお願い申し上げまする」 それを、幸村は、ただ唇を噛んで、見つめた。 石田三成の元を辞し、滞在の為に用意された室に通されて、向かい合って腰を落ち着けるまでの間、幸村もも、一言も口を開かなかった。 は、眼前に座る幸村を、真っ直ぐと、見つめている。 眉間に深く皺を刻んだ幸村の表情は、険しい。 ちりちりと、見えない何かが肌に刺さるようだ。 幸村は、怒っている。 それだけのことをしたのだと、は自分でも、理解している。 ぐっと腹に力を入れ、息を吸ってから、は頭を下げた。 「勝手なことを言った。申し訳ない」 小さな吐息が、聞こえた。 「・・・・・・謝ってほしいわけではないことくらいわかっておろう」 「・・・・・・ああ」 顔を上げよという声に、はゆっくりと頭を上げる。 幸村は瞼を降ろしていた。 ふいに、肌に痛いほどの怒気が、霧散する。 瞼を持ち上げて、こちらを見つめる鳶色の双眸は、ただ静かだった。 「・・・・・・そなた、の家が、北条の家が無いことを、そこまで気にかけておったのか」 幸村の問いに、はわずかに眉を下げる。 「・・・・・・それも、理由のひとつ、なのだろうな。貴方も知っての通り、わたしは難儀な性格なのだ。胸を張って貴方に嫁ぐ理由が、ひとつでも多く欲しい」 「俺がそなたを好いておる、それが理由では足りぬと申すか」 どこまでも静かな幸村の言葉に、は是とも否とも答えなかった。 ただ小さく、息を吐く。 「・・・・・・それに、な。貴方のためにできることがあるなら、――佐助の働きのためになることがあるなら、それがわたしにできることならば、何でもやろうと思ったのだ」 幸村が、口を噤んだ。 は穏やかに言う。 「だから、佐助。貴方が気にかけるようなことは、何一つない」 その言葉は、天井裏に向けられていた。 幸村はの顔を見てから、小さく言う。 「佐助」 幸村の背後で闇色が滲んで、佐助が姿を現した。 忍びの顔に、表情は無い。 「・・・・・・別に俺様は何一つ気にかけてなんかいませんが」 表情は無いのに、その声色は明らかに不貞腐れていた。 幸村が苦笑する。 「なに、俺もお前の働きに不手際があったとは思うておらぬ。何にしろ石田殿との同盟は成ったのだ、お前はよくやった」 「・・・・・・アンタわかってんだろうな?もうちゃんは、徳川を倒すまで、甲斐に、上田に戻れないんだぞ」 「うむ、倒せばよいのだろう」 当然のように頷いてみせる幸村に、佐助は眉を跳ね上げた。 しかし、すぐに気が付く。 幸村が膝の上で固く握ったままの、拳に。その拳に、痛いまでに力が籠っていることに。 こうならないために。 幸村の歩く道のりが、明るく開けるように、そのために「猿飛佐助」は存在しているというのに。 何という様だ。 「・・・・・・佐助」 が、口を開いた。 「貴方は、ひとりではない」 幸村の肩ごしに、の双眸は佐助を見つめる。 「貴方ひとりが、幸村殿のために動いているわけではない。いかに分身が使えるとはいえ、貴方ひとりに出来うることは自ずと限られるだろう。貴方に出来ないことがあるなら、その出来る限りをわたしが引き受けよう。わたしも、貴方と同じ、幸村殿のために動くひとりだから」 その、の言葉に、佐助は驚いたようにわずかに眼を見張ってから、視線を逸らした。 「・・・・・・馬ッ鹿じゃねェの」 呻くような声に、はぴくりと眉を持ち上げる。 「・・・・・・幸村殿。貴方の忍びは些か無礼ではないか」 「許せ。主たる俺が、同じことを思うておるからな」 口調だけは穏やかに、幸村が言う。 「いつだったかそなた、俺にずるいと言ったが、もずいぶんとずる賢くなったものだ。そのような言い方をされれば、俺はそなたを叱れぬではないか」 幸村に視線を合わせて、は小さく笑う。 「いつだったか貴方がわたしに言ったのと同じだ、わたしは貴方の為ならいくらでもずるくなれる」 何やら満足気なの表情に、幸村は嘆息した。 何を言っても無駄と、悟ったのかもしれない。 妙なところで頑固、これもふたりの共通点だと、佐助は思う。 幸村が膝を進めて、に腕を伸ばした。 無言のままその細い腰を捕らえて、抱き寄せる。 鼻先をの肩に埋めて、その身体を抱きしめた。 「・・・・・・幸村殿、痛い」 「耐えよ」 身も蓋もなく言い返されて、は言葉を失う。 そのままゆっくり十以上数えられるだけの時間が過ぎた。 ここが大坂だとか、佐助の眼の前だとか、色々なことが頭をよぎった。どうしていいかわからなくなって、は恐る恐る持ち上げた腕を、幸村の背に回す。 ただ、互いの心の臓が脈を打つのが感じられて、やはりあたたかいなと考え始めたころ、漸く幸村が口を開いた。 「、」 強い力で抱きしめられたままで、幸村の顔を見ることは叶わない。 「必ず、勝って、そなたを迎える。それまでそなたは身体の心配だけをして、待っておれ」 その言葉に、はゆっくりと、口角を持ち上げた。 「わかった。きちんと食事を摂って、きちんと寝る」 「うむ。それさえしてくれれば、俺は他に何も望まぬ」 「なんだ、貴方を想うことくらい望んではくれないのか」 「それは俺が望まずとも、そなたがしてくれよう?」 わずかに身を離して、幸村はの顔を覗きこむ。 ふたりは眼を合わせて、くすくすと忍び笑いを漏らした。 佐助はそれを見て、頬を掻きながら息をつく。 こうして武田は石田と正式に同盟を結んだ。 時を同じくして、徳川が伊達と同盟を結んでいたが、それが佐助を介して幸村の耳に入るのはもうしばし先のことだ。 |
20130116 シロ@シロソラ |
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