第十章 第六話 |
「・・・・・・石田軍との、同盟?」 幸村の進言を聞いて、武田勝頼は眉を動かした。 信玄の死を受け、新たな体制作りのために召集された武田家の家臣団による会議の場である。 謁見の為の大広間、かつて信玄が腰を下ろした上座に勝頼が陣取り、そこから武田家の親族衆、譜代、外様の家臣たちとそうそうたる顔ぶれが並んでいた。 真田家は外様衆であるから、その室内の末席に近いところで幸村は平伏している。信玄の代にはほとんど近習扱いで傍に控えることが多かったのを他の家臣たちもよく知っており、その扱いの差に眉をひそめる者も少なくはなかった。 「石田三成とは、あの豊臣秀吉の家臣であった者だろう。つまり豊臣との同盟、ということか」 勝頼の問いに、幸村は頭を下げたまま答える。 昨日佐助が施した手当は適確だったらしく、顔の腫れは引いて、痣もだいぶ薄くなっていた。 「いいえ。豊臣家にはすでに、戦が可能な軍はなく、軍としての実権はすでに石田三成殿に移っております」 幸村の返答に、勝頼はしばし考えるように眼を細めた。 「・・・・・・我が武田に、そのような小大名との同盟が必要であると、貴様は思うのか」 およそ好意的とはかけ離れた主君の声色に、列席する家臣たちにもさざめきのように動揺が広がる。 それを察して、幸村は視線を床に固定したまま、その床につく両手で拳を握った。 ここで自分も動揺しては、いよいよ家中の混乱が露呈することになる。 まずは、自分がしっかりしなければならない。 そう、心の内で気合いを入れ直して、幸村は口を開いた。 「は!徳川軍と対等に接するためには必要であるかと、某は考えまする」 徳川、という言葉に、勝頼がぴくりと眉を上げた。家臣たちも、顔を見合わせる。 信玄が倒れ敗走した戦は、誰の記憶にも新しいことであった。信玄の名だたる寵臣たちが、その戦で生命を落としたことも。 「徳川・・・・・・、あれも、豊臣秀吉の傘下であった男、まったく太閤は面倒を遺したものだ」 勝頼の口調に嫌悪が混じるのが幸村にもわかった。 前線に立たなかったとはいえ、当時は諏訪家の当主であった勝頼もあの敗戦を経験している。 対徳川、その一点においては、勝頼も、そして他の家臣たちも、幸村と同じ考えなのだ。それを確信して、幸村はたたみかけるように言う。 「徳川軍はすでに、奥州に攻め入ったとの情報もありまする。目的は明らかではござりませぬが、某は、」 そこで言葉を切り、幸村は頭を上げた。 真っ直ぐと、上座の勝頼を、見据える。 「――某は、徳川は伊達と、同盟を結ぶつもりであるのだと、考えておりまする」 家臣たちが再び、互いの顔を見合わせるのが、今度は幸村からも見えた。 そもそも武田は、奥州の伊達とは同盟関係にあったのだ。勢力を広めつつあった彼の第六天魔王、織田信長に対抗するために。そのために独眼竜、伊達政宗とその側近をわざわざ雪深い冬の奥州から甲斐に招いてまで、信玄は伊達との同盟を確かなものとした。 あれから、十月(とつき)ほどが過ぎた。 その間に魔王は討たれ同盟はその目的を失い、豊臣秀吉の覇権が日ノ本を覆うとする中で、自然的に消滅した形となっていたのだ。 そのことは、勝頼にも、家臣たちにも周知の事実である。 「何故そう思う?奥州征伐が目的であると考える方が自然ではないか」 攻め入ったというのだから、そう問う勝頼に、幸村は一度頷いた。 「仰せの通りにございます。なれど、独眼竜はそう容易く倒れはすまい。無用な消耗は避けたいのが、徳川軍の考えるところでございましょう」 「・・・・・・貴様、」 ぴり、と空気が張りつめたのがわかった。 その顔に不快を露わにした勝頼が、冷たい声で言う。 「伊達は徳川には敗けぬと申すか」 同じ徳川に、武田は敗戦を喫したというのに。つまりは武田は伊達に劣ると言うつもりか。言外にそう含ませた勝頼の言葉に、しかし幸村は膝の上で拳を握って、頷いた。 「御意」 ぐ、と丹田に力を入れて、勝頼の鋭い視線を正面から受け止める。 武田は伊達に劣るのか。――正確には、総大将の格の差だと、幸村は思っている。もちろん、このところの戦で武田は大幅に領地を減らしており、その分純粋な兵力の差が生まれていることは事実だ。しかし、最強を冠する騎馬隊は今も健在、実際に伊達軍と戦になったとしても、互角以上の戦いができるはずだ、――采配を振るうのが、信玄であるならば。 信玄は、もういない。 戦になれば、采配を振るうのは他でもない幸村だ。 一番槍を駆けることこそ誉れとしてきた幸村には、長く奥州国主を務める伊達政宗に比べれば、全軍の指揮を執るという経験が、圧倒的に少ない。 そう、己の至らぬを理解するのも、武人に必要な素養なのだ。 悲観することはない。 悠長に構える時間こそないとはいえ、これから自分がしっかりと、総大将を務めればいいのだから。 幸村は勝頼から眼を逸らさずに、口を開く。 「徳川、伊達、どちらも遠からず我が武田軍が戦わねばならぬ相手。しかし今はまだ、その時には非ず。我らにはまず、失われた力を取戻し、蓄えるための時間が必要にございます。先の小田原の戦で、伊達軍は石田軍に大敗したゆえ、石田軍との同盟は、徳川・伊達どちらに対しても牽制にもなりましょう」 アンタが考えろ、と佐助は言った。 その言葉どおり、自分で考えたことを、幸村は言葉に乗せる。 大将としての拙さは、自分が一番よく理解している。それでも立ち止まるわけには、いかないのだ。 自分の目指す、世のために。 「石田三成殿は、豊臣秀吉殿の死後もそのお家を守らんとする忠義の士にございます。同じ豊臣の家臣であったにも関わらずその主君を討った徳川家康を、討ち果たすべく戦っておられるとの由。同じ徳川に対抗する者として、武田家に必要な力であると、存じまする」 言い終えた幸村の顔を、勝頼は父譲りの視線で射抜く。 ふん、と鼻から息を吐いて、思案しているようだった。 「恐れながら、石田軍との同盟は得策と、某も考えまする」 脇からかかった声に、勝頼が顔を動かした。 信玄の代からの老臣である。膝に両手を置いて、その顔の皺を笑みで深くした。 「徳川は戦国最強も擁するもはや押しも押されぬ大名でござる。それが同盟でさらに手を広げているとなれば、我が軍も同盟を結ぶは必定かと」 「・・・・・・昌景。貴様に発言を許した覚えはない」 勝頼の斬って捨てるような言葉に、家臣団がわずかにどよめいた。言われた本人はひょいと肩をすくめる。 家臣たちを冷えた眼で一瞥してから、勝頼は視線を幸村へと戻した。 「・・・・・・わかった、ではその同盟、乗るとしよう」 幸村がぱっと顔を上げる。 笑みを宿していた双眸は、しかし続く勝頼の言葉で大きく見開かれた。 「同盟手配は真田幸村、貴様が全て成せ」 「は、・・・・・・その、某が、でございますか」 一度頭を下げてから、再び頭を上げて、幸村はそう問うた。 勝頼が、関心がないとばかりに視線を外して答える。 「当たり前だろう。豊臣の一家臣との同盟に、何故武田家当主が動く必要がある。家臣同士、貴様が大阪まで出向くなりなんなり、好きに致せ」 幸村は何か言おうと口を動かし、しかしその口を引き結んで平伏した。 「・・・・・・承知仕りましてございます」 幸村の様子を見下ろしてから、勝頼が家臣団を見回した。 「他の者も、よく聞け。私は父が認めた者であるからとて、特に取り立てるようなことはしない。今後の働きによりこの勝頼が全て判断いたすゆえ、各々なすべきことを怠るな」 幸村に与えられている室の次の間で、は坐したまま物思いに耽っていた。 頬の腫れはすでに引いている。痣はまだ少し残っていて、触れると鈍く痛むが、それでもずいぶんとましになった。元来バサラ持ちは怪我の治りが速いのだが、それ以上に佐助の処方した軟膏や薬草が効いたのだろうと、は思う。 障子は開けたまま、玉砂利の敷かれた庭園に植えられた木を見つめている。その葉は、漸く緋色へと変わり始めたところだ。 以前この館にいたころは、黄梅院に仕えるため、奥向きに近い一室を与えられていたのだが、あの一角はもう無人である。 幸村や忍びたちにはと呼ばれ始めたとはいえ、この館の女中や侍女、その他多くの者にとっては「真田幸村の家臣」である「」であり、とりあえずのところそれを正す機会もないため、そのまま男としてこの間を用意されたのだった。 幸村は、武田の家臣団が集まる会議に出ている。 かつては、小田原攻めの前には軍議への参加を許された経験があるが、今回は武田の新体制を築くための家臣団の集いで、立場上は「幸村の家臣」であるは出席していない。幸村はひとりで、「お館様」へ進言している頃合いだ。 幸村は、石田との同盟を、決意した。 もちろん最終的な決定権は武田家の当主たる勝頼にあるのだが、幸村個人の考えとしては、同盟を受け入れるということだった。 は最後まで、難色を示した。 戦を望まぬ者たちも巻き込んで、圧倒的な物量でたたみかける豊臣秀吉のやり方は、今も容認できるものではない。一度は袂を分かった毛利と再び同盟を結ぶというのも何やら裏があるように感じられた。 何より、同盟を持ちかけてきた張本人である、大谷吉継という男。佐助に聞いた話では、「凶王の黒い腹」とあだ名される油断のならない人物であるということだった。 同盟とは友人ではない。信じる信じないより、役に立つか立たないか。佐助の言葉は、よく理解している、つもりだ。 だが、信じられないような者が、役に立つのだろうかと、は思うのだ。 この同盟が武田にとって、――幸村にとって、役に立つのか、どうか。 「・・・・・・」 それでも結局幸村が決断した理由、その最も大きなものは、石田三成の人間性だった。亡き太閤の跡を守る忠義に厚い志を、幸村は高く評価しているようだ。 石田三成という人物については、幸村もも噂程度にしか知らない。それなのに幸村が彼の人物に肩入れするのは、信玄を喪った己が身と重ねているのだろうか、それとも。 は俯いて、小さく息を吐く。 何にせよ、幸村はすでに決断した。 石田三成や大谷吉継の人物像についてはともかく、徳川と伊達の接触や、その他の世の情勢を鑑みて、石田との同盟は有益であろうと、も一応は納得したのだ。 あとは、勝頼がどう判断するか。 ――『ただでさえあの人の『真田嫌い』は筋金入りだ』 佐助の言葉が、脳裏に響いた。 武田勝頼とは、この躑躅ヶ崎館に到着したあの時以来、は顔を合わせていない。 あの時の記憶によるならば、なかなかに気難しそうな御仁だった。信玄の実子ということは黄梅院とは血のつながった姉弟ということになるのだろうが、常に華やかな笑みを浮かべていた黄梅院とは似ても似つかないと、は思う。 しかし、気難しかろうが何だろうが、幸村の主人だ。 幸村の家臣としても、――そして妻になる者としても、幸村に迷惑が降りかからぬように立ち居振る舞う必要がある。 佐助が言った、「アンタはもうそういうわけにはいかない」という、あの言葉のとおり。 武人として生きる、その志は無くしてはいない。 だが幸村の妻となるならば、この身は自分一人のものではなくなるのだ。 どう思われようが自分の生き方を貫くのだと、ずっと考えてきた。黄梅院、幸村、佐助。甲斐に来てからはほとんどこの三人だけがの関心事で、それ以外の人物から何をどう見られようが、そのことにたいした関心はなかったのだ。 膝の上で、握った拳を見下ろす。 ・・・・・・もう、そうやって好き勝手に生きるわけにはいかない。 握った拳を開いて、は立ち上がった。 自分の袴姿を見下ろしてから、女性の所作を思い浮かべる。 黄梅院の、立ち居振る舞いを。 あの美しく華やかな、それでいて凛とした所作だ。 す、と膝を揃えて、腰を下ろす。 両手も拳を握るのではなく、掌を開いて軽く重ねるように。 ・・・・・・こうだろうか。 自分の所作を自分では見られないので、これで正しいのかどうかわからない。 誰かに見てもらおうか、そう考えて、天井裏の気配を感じ取った。 「・・・・・・佐助。手は空いているか?」 「どうしたの?」 背後から、声。 はそちらに身体の向きを変える。そこに膝をつくのは、いつもどおりの笑みを浮かべた佐助だ。 「・・・・・・貴方たちはいつも、背後に現れるのだな」 なんとなく気が付いたことが口から出た。 佐助だけではない。才蔵も、甚八も。呼べば必ず、背後から返事がある。 「そりゃ、俺らは忍びだもの。視界に入らないように動くものさ」 返ってきた佐助の言葉に、自嘲の響きが滲んでいるように思えた。 「・・・・・・幸村殿は、そのようなことを気にされないだろう?」 「まあねぇ、旦那は忍ばせてくれないからほんと困ってンの。ちゃんからもそれとなく言っといてくんない?」 「何をだ」 「いや、旦那はやっぱり俺らのことを兄弟か何かと勘違いしてるんだよ。そろそろその辺の分別は持ってもらわないとさァ」 「・・・・・・」 は、佐助の顔を見つめる。 いつもの、取り繕ったような、笑顔だ。猿飛佐助の表情と言えば基本的にはこれ、である。 だが。 あの春の、甲斐を旅立った日のことを、思い出す。 あの頃、佐助がに向けてくれた笑顔は、こんなものではなかったはずだ。 こんな、薄っぺらな、ものでは。 「・・・・・・、そうだ、貴方から預かったものを、返さなければ」 懐を探って、櫛を取り出す。あの日、佐助から渡された、幸村の櫛。 これを渡してくれた時の笑顔は。こんなものでは。 「あー、それ?もうちゃんが持っといてよ。ついでに旦那の髪結う役目もそのまま継いでくれると、俺様の仕事がいっこ減って嬉しいんだけど」 ――こんなものでは、なかったのに。 「・・・・・・何か、あったのか?」 自分に対して、そういう顔を向けられるのは、構わない。もとより初めは互いを信用ならないと疑いあった仲だ。 もちろんそれが少し寂しいと思う、それも事実だ。それでも、自分のことなら仕方がないと、思える。 だが、なぜ。 幸村に対してまで、線を引こうとするのだろう。 「何って、何が?」 佐助が首を傾げる。 は口を開こうとして、それを説明する明確な言葉が見つからなかった。 ただ、今この目の前の佐助は、今までと何かが違うように、思うのだ。 殴り合いをした後の、自分たちへの説教。その後の、報告。どれも、いつもの佐助らしくないような気がした。 幸村は、「佐助が呆れているのだ」と納得している様子だったが、にはそうは思えない。 少なくとも、佐助が甲斐に戻ってきたあのとき、「おかえり」と言って笑ってくれたではないか。 ならば、佐助が他人行儀に感じる、その理由は何だ? はわずかに眼を細めて、そして風に意識を向ける。 室内の風がふうと動いて、気づいた佐助が眉を動かした。 「――何?」 訝しげな様子のその佐助の双眸から眼を逸らさない。 ふと、風が鼻をくすぐった。 そこに乗った、におい。 「!」 が眼を見張る。 「おーい、ちゃん?どーしたー?」 首を傾げたままぱたぱたと手を振る佐助の、その腕をが掴んだ。 唐突に掴まれた左腕を見てから、佐助がに視線を戻す。 「・・・・・・何?」 「どこだ、」 「え?」 「大きな傷を負っているだろう、どこだ?」 「ちょ、」 まるで溶けるように、佐助の身体が闇色に滲んで、わずかに離れた場所に再び現れた。 「ちょっと何ー?ちゃんてば大胆、でも俺様襲われるより襲う方がいいかもー」 へらりと笑ってそう言う佐助を、が睨む。 「誤魔化すな。・・・・・・乾いていない、血のにおいが、する」 「・・・・・・」 佐助の顔から、笑顔が消えた。 自分の腕を持ち上げて、そのにおいをかぐように鼻を鳴らしてから、に視線を向ける。 「そんなにおい、する?」 「ああ、風使いはにおいと音に敏感だ」 真っ直ぐと佐助の双眸を見据えて、は答える。 しばらく視線を交わらせて、先に息を吐いたのは佐助だった。 「・・・・・・旦那には内緒にしておいてよ」 「何故だ、そもそもきちんとした処置は受けているのか?」 「余計な心配かけたくないの、わかるでしょ?」 に、と笑って、佐助は口元に指をたてる。 しかし、と言いつのろうとしたを手の動きで制する。 「旦那はもう、武田軍の『大将』だ。考えなきゃいけないことが、山ほどある。そうでなくとも身内で揉めそうなのにさ、そんなときに草一把のことを気にかけてる場合じゃない。アンタもわかるでしょ」 そうだ。 信玄を喪った今、幸村は自分の力で、全てに立ち向かい、乗り越えなければならない。 それが決して簡単なことではないのは、にだってわかっている。 が拳を握って身を引いたのとその気配を感じ取ったのが同時だった。 幸村が来る。 佐助の方をもう一度見ると、あの得体の知れない笑顔。 「・・・・・・ッ」 一度だけ奥歯を噛んで、は全ての表情を顔から落とした。 その場で腰を下ろして、濡縁を歩いてくる幸村を見つめる。 「――幸村殿」 「、おお佐助もおったか、・・・・・・何かあったか?」 室内に入ってきた幸村がの向かいに腰を下ろしながら、その顔を見つめる。 「いいや、何も。それより、会議は如何に。・・・・・・石田軍との同盟は、成りそうか」 少々強引ではあったが、話題を変えるようには言った。 「ああ、」 幸村は表情を硬くして、と佐助を見た。 「同盟のお許しは得た。ただ、同盟の為の石田殿とのやり取りなどの詳細は、全て俺に一任された」 それを聞いて、は訝しげに口を開いた。 「一任?どういうことだ、勝、いやお館様、は」 「石田殿が、豊臣秀吉殿の家臣であられたことを取り上げて、武田の当主としては動かれぬと」 「そんな」 がわずかに眼を見開く。 いくら大谷吉継からの申し出があったとはいえ、「凶王三成」が正式な武田家当主の書もなしに、同盟に応じるのだろうか。 の考えていることは、すでに考えた後なのだろう。 幸村は一度眼を伏せて、膝に置いた両の拳を握る。 「任されたからには、成し遂げねばならぬ。この幸村、生命を賭しても、石田殿に同盟を求めよう」 再び開かれた、その幸村の双眸の奥に、炎が灯るのをは見た。 釣られるように、も拳を握る。 自分たちには、立ち止まっている時間はないのだ。 「――ま、アンタにしちゃ上出来だ」 佐助の声に、は振り返った。 佐助の顔からは笑顔が消え、その眼はただ真っ直ぐと、幸村に向けられている。 「だが一つ間違えている」 そう言って、佐助は腕を上げて、自分を指した。 「使う生命は、ここにあるだろ?」 「佐助、」 「アンタはここで腰を据えて待つんだ、――『大将』」 は眉根を寄せて、佐助から幸村へ視線を動かした。 「大将」。 なんて、遠い言葉で、幸村を呼ぶのだ。 の視線の先で、幸村は佐助の視線を正面から受け止める。 「・・・・・・合いわかった」 「・・・・・・ッ」 はただ、唇を噛むことしかできなかった。 |
20121211 シロ@シロソラ |
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