第九章 第八話

 基本は、自分の周りの風を動かすのと同じだ。
 例えば指先から、少し離れた場所の風も巻き込んでいく。
 「少し離れた場所」というのがどこまでなのか、そんなものは決まってなどいない。
 この眼に映るすべての風を操ることだって、できるはずだ。
 ――の初代は、天候すらも操った。
 そのチカラを薄れさせないために、恐らくは犠牲すらも厭わずに、繋がれてきた血が、己の身体には流れているのだ。
 天を見据える、の顔にはびっしりと汗が浮かんでいる。
 伸ばした両腕はかすかに震え、身体を取り巻く翡翠色の光は明滅を繰り返している。
 遠く、風の音が聞こえる。風が動きつつあるのはわかっている。
 だが、まだ。
 まだ足りない。
 頭が痛い。何かに押さえつけられているかのようだ。
 もう少し、
 もう少し力が、
「――ぁぁああああああッ!!!」
 風の音だけを聞いていた耳に、雄叫びが飛び込んできて、は視線を動かした。
「ッ!幸村殿!!」
 側面の鏡のひとつに、幸村の身体が張り付いている。その鏡が、光を集め始めている。
 あの光は、太陽の光。
 ――高温の。
「熱ぅござるうぅぅぁぁああああ!!!」
「幸村殿ッ!!」
 視界を白く埋める光に、幸村が、飲み込まれ、
 ――させるものか!
 奥歯をがりと噛みしめる。拳を握る。右の掌には包帯の感触。
 させるものか。
 死なせるものか。
 傍にいると決めたのだ。
 幸村と、生きると、決めたのだ!
 そう、
 そのためなら、
 ――己が何者であるかなど、些細なことだ。
 男だろうが女だろうが、「」だろうが「」だろうが関係はない!
「ぅ、あ、あ あ」
 力を。
 このために鍛えてきた風の力を。
 この身に流れるすべての血を、風の流れの感覚へと変える。
「あ あ あ あ あ あ あ あ !!!!!!!」
 只ならぬ気配に、毛利軍の足止めをしていた甚八が振り返り、その光景に眼を見開いた。
 今度は甚八のところまで届く突風が、頬を裂くように巻き上がっていく。の外套が弾け飛ぶ。その身体が纏う翡翠色の光がその風に乗って上へと、天へと舞い上がっていく。
「まさか、」
 光につられるように天を見上げる。
 突き抜けるほど青い空、その中央で輝く太陽が、
 ――厚い雲に、覆われる。
 が、叫んだ。

「今だ、――幸村!!!」







 の、声が聞こえた。
 頬を、風が撫でていく。
 理由もなく、ただ確信する。
 これは、彼女の風だ。
 なんて心地いい、
「ッ!」
 そこで幸村の意識が覚醒する。
 背を、全身を焼き尽くさんとしたあの光が。
 弱まっている。
 そうだ。
 こんなところで留まっている場合ではないのだ。
「・・・・・・空を駆け抜け、大地を焦がす・・・・・・」
 早くの元へ戻らなければ。また何か無茶をしたに違いない。
 自分のことは棚に上げて、幸村は毛利元就の輪刀に拘束された両腕に力を籠める。
「――真田、幸村、」
 こんなところで呆けている場合ではない。
 俺には、やらねばならないことが、ある。
「立ち止まること、なアァし―――!!!」
 爆砕音。
 幸村の両腕を戒めていた輪刀が砕ける。
「何!?」
 元就が眼を見開く。
 紅蓮の炎が、爆発する。
 炎が、風に巻かれて、舐めるように視界中に広がる。
 その衝撃で、要塞を取り巻く鏡が一斉に破砕される。
「まさか・・・・・・日輪の威光が、たかが獣の炎に劣るだと・・・・・・!?」
 砕け散った無数の鏡の欠片が、風に乗って舞い上がり、その一つ一つが炎の光を反射する。
「我が魂!!燃え尽きること!!!」
 黄金色のその煌めきが、視界を埋め尽くす。
「なあァしィィァあああ!!!!!」
 煌めく炎の化身が、一直線に突撃してくる。
 無意識に身体を庇おうとした元就には見向きもせず、幸村が、裂帛の気合いとともに貫いたのは、
 ――元就の頭上の大鏡。
「我の、計算を、越えておるだと・・・・・・!」
 爆炎が咲く、櫓が轟音をたてて崩壊を始める。
 断続的な爆発音、崩れ行く足場、
「なぜ、だ」
 宙に放り出された元就は考える。
 獣の炎に日輪が敗けるなど、ありえない。
 ふと、視界が暗いと気付く。
 天を見上げる。
 厚い雲に覆われ、姿を隠した太陽。
「・・・・・・天が、我を、見はなした、か」







 突如近づいてきた山ほどの大きさの要塞を、もはや逃げ場はないと身を寄せ合って眺めていたその村の民たちは、その要塞から黄金色の光が天に昇るのを、見た。
 次の瞬間、地を轟かす爆発音が突き抜けて、さらに一瞬開けて、衝撃が波となって押し寄せた。大人たちが子供たちを守るようにひとところに固まって、衝撃をやり過ごした彼らがその次に見たのは、空を覆うほどの黒煙をあげて崩壊する要塞の残骸だった。

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20121030 シロ@シロソラ
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