第八章 第六話

 炎天下の浜辺、えい、えい、と兵士たちの掛け声が響いている。
 薩摩軍と、幸村の部下たちが一緒になって、槍の素振りや組手を行っているのだ。
 それを聞きながら、幸村は武蔵と対峙している。
「どーした?もう終わりかァ?」
 さも楽しそうに、武蔵がにいと笑う。それを見て、幸村は目元に垂れてきた汗をぐいと拭って槍を構える。
「なんの、まだまだ!」
 ざん、と砂を蹴立てて踏み込む、その足がずぼ、と砂に沈んだ。
「っな!?」
 ざあと砂が流れ落ちる、そこは深く掘られた穴に蓆(むしろ)と砂をかぶせた、所謂、
「ぉ落とし穴とは卑怯でござるぞおおおぉぁぁぁ!」
 かなり深く掘られた穴で、幸村の絶叫がわんと響く。
 穴の淵から覗き込んだ武蔵が鼻の下を擦ってにやりと笑った。
「へーん、ちゅーいりょくさんまんってヤツだろ、ばーか!」
 慣れない砂に四苦八苦しながら穴をよじ登ってきた幸村はなんとか穴から這い出て深い息を吐いた。
 昨日から、武蔵を相手に手合せをして、まだ一本もとれていない。
 バサラを使っていないことを差し引いても、純粋な武芸の腕であればどう見ても幸村の方が上手であるはずなのだ。
 それが目つぶしや石つぶて、そしてこの落とし穴など、これまでの幸村には考えもつかなかったような武蔵の戦法にただ苦戦していた。
 卑怯だと、叫んではみたものの、これがたとえば実戦で、武蔵が敵将であれば、ひとたまりもなく自分は討ち取られているはずなのだ。
「・・・・・・こ、のッ」
 悔しいやら情けないやら、幸村は眉根を寄せて拳を砂浜に打ちつけた。
「苦戦しとるようじゃのォ」
 頭上から思わぬ声が聞こえて肩が強張った。
 這い出てきた場所が、ちょうど木の間に張った網に寝転ぶ島津のすぐ近くだったのだ。
「し、島津殿、」
 慌てて姿勢を正そうとして、今しがた這い出てきた穴にまた落ちそうになった幸村を見て、島津は笑いながら身を起こす。
「どうじゃぁ武蔵は。なかなか強かろう」
 漸く体勢を整えた幸村が、苦虫をかみつぶしたような顔で答える。
「・・・・・・は」
 来る戦に向け役に立って見せると言ったそばからこの体たらくでは、本当に情けなくて仕方がない。
 片足を砂浜に降ろして網の上で座った島津が、その幸村の様子を見つめて言う。
「何ぞ、迷うとるようじゃの、幸村どん」
「・・・・・・そのように、見えまするか」
 己の槍さばきに迷いが生じていることは、幸村自身よくわかっている。
 だが、他人の眼に明らかなほどであったかと、恥じ入るように答えた。
「・・・・・・お恥ずかしい、ことでござります」
 俯いている幸村に、島津はひとつ息を吐いて、口を開いた。
「おまはん、あの武蔵の強さはなんだと思うね。武蔵相手に一本も取れなんだ理由がわかるか」
「は、――」
 問われて、幸村の相手が飽きたのか、武田の兵士たちに手合せ(という名のそれはもはや喧嘩に近い)をふっかけている武蔵に視線を投げる。
 自分が武蔵に勝てないのはなぜか。
 武蔵が、卑怯な手を使ってくるからか。
 否。先述の通り、これが戦場であればすでに幸村の生命はあるまい。
 高らかに名乗りを上げて、正々堂々の一騎打ちに臨む戦は遠い昔、源平合戦のころのしきたりだ。その武士道の、ある種の美しさを幸村は認めてはいるし、幸村自身も戦場ではそうあるべきと心得てはいる。しかし時代は変わろうとしている。騎馬の武士(もののふ)同士が刃を交える時代は終わりつつあり、合戦の主力は鉄砲隊と長槍の徒士(かち)に移りつつある。いかに多くの兵力で雌雄を決するかという、数に物を言わせる戦はそれこそ昨今勢い目覚ましい豊臣軍の十八番だ。そんな群雄割拠の乱世にあって、信玄率いる武田の最強騎馬隊が最強の名を冠してはいられるのは、ひとえに個々の武術の修練と、それらを繰る信玄の采配ゆえ。
 己の志は、力でその正当性を示さねばならぬ世だ。
 武蔵の戦い方を卑怯と否定するならば、己がそれ以上の力を示せばいいだけのこと。
 どうすれば、その力を示すことができるのか。
 考え込んだ幸村から、島津は武蔵の方へと視線を移す。
「あれの強さは、その中に一本通った筋じゃ」
「・・・・・・一本通った、筋」
 鸚鵡返しに言う幸村に、島津は頷く。
「左様。こん日ノ本の最強になるちゅうでっかい志、それが武蔵ン中には筋として通っとる。筋の通った者は強い。その筋があるから、迷いはせん。どんな手を使おうとも相手を負かす、それが武蔵の戦い方よ。ここに留まっちょるのも、全ては傷の癒えたオイと戦い、勝たんがため」
 まるで好々爺が孫でも見るように眼を細めて武蔵を見ていた島津が、幸村に視線を戻す。
「おまはん、厳島で毛利どんに会うたか」
「毛利元就殿でござろうか、いえ、ご本人には」
「あの毛利どんにしても、同じことよ。豊臣と組んで長いこと睨みおうた西海の鬼に勝ったあん男のやり方は褒められたモンじゃなかろうが、じゃっと毛利どんは迷わん。安芸の国と毛利の家の繁栄、それだけがあ奴の戦う理由で、それはぶれることがない。だから強い」
「・・・・・・某には、そのような筋がござらぬゆえ、武蔵殿には勝てぬ、と」
 つぶやくように言うと、島津はこちらを見て笑った。
「おまはんは少し優しすぎるようだの。だが最後にいっとう強くなるんは」
 その大きな拳を、己の胸元にとんと当てる。
「ここの優しい人間じゃ」
 幸村は、砂の上で拳を握った。
 島津の言うとおり、確かに自分にはその筋というものがないと思う。
 厳島で長曾我部軍に味方したのは、長曾我部元親の人柄を伝え聞いてのことだった。しかし本当のところは、彼の軍が圧倒的に不利だったからなのかもしれない。もし逆で、長曾我部軍が圧倒的な有利の戦であったならば、自分は同じ選択をしただろうか。例えば豊臣・毛利軍が圧倒的に不利な状況で、あの要塞「富嶽」に攻め込まれていたとすれば、自分は毛利軍の味方をしたのではなかろうか。
 ふらふらと定まらない志は、志とは言わない。
 俯いたまま、絞り出すように幸村は言った。
「・・・・・・某、自分が情けのうござります。いつしか某も、甲斐の虎たらんべく、修練を重ねてきたつもりでございましたが、それでも。どれだけ腕を磨こうと、お館様の背はまだまだ遠い」
 信玄のみならず、あの独眼竜の背も。
 彼の男と出会ったばかりのころは、力と力のぶつけ合いだけを考えればよく、両者の力は拮抗していた。出会いがしらに刃を交えたときの、あの魂が昂揚するような感覚を忘れたことはない。あのときから独眼竜は幸村の好敵手だ。
 だが、奥州筆頭である彼の、その背に負うものを知るにつけ、そしてただ信玄に付き従っていればよかった己との差を思い知るにつけ、いつの間にか伊達政宗は遠い存在となっていた。
 例えば今、彼と見えることがあっても、――勝てる気が、しない。
 どこか苦笑のような、笑みの混じった声が、頭上から降ってきた。
「おまはんは、あの『甲斐の虎』にはなれんよ」
 その言葉に、幸村は顔を上げる。
 今、自分は甲斐の虎にはなれぬと、そう言ったのか。
 幸村が愕然と見上げる先、島津がこちらを見下ろしてにいと口角を上げた。
「おまはんがなれるとすれば、それは『真田幸村』ちゅう虎じゃ」
「・・・・・・!」
「若いうちはよう悩み、考えることだ、幸村どん。それは必ず、おまはんの、おまはんだけの強さとなっど」
 同じことを、もう一人の方にも言っておいた方がよさそうだと、島津は思いながら、言葉を失った幸村の肩をぽんと叩いた。






 陽が落ちても、ぬるい風が吹き抜けていく。燭台の火を揺らす、じ、という音。
「――そうか」
 報告を聞き終えて、幸村は頷いた。
 背後に膝をつく甚八が、主のほうを窺うような視線を投げる。
 昨日と同様、朝から近隣の森へ鍛錬に出かけ、陽が落ちるまで戻ってこなかった。戻ってからは黙々と出された夕餉を平らげ、早々に床に入った。
 以上が、今日のの行動だ。
 とりあえずきちんと食べて寝ているらしいということに、幸村は小さく安堵の息を吐く。
 ――『貴方はいつもそうだ、何も言ってくれないから何もわからない!』
 そんなことをから言われるとは思ってもみなかった。
 無性に腹が立った――というより、一瞬頭に血が昇ったのだと思う。
 思い返せばあれは、武蔵に対する子どもじみた嫉妬だ。
 幸村が越えるのには相応に時間のかかったのこころの壁を、武蔵が一発で突破してみせたことへの。あの、ささやかでも心からの、このところ幸村にはとんと見せなくなったあの笑顔を、向けられたことへの。
 相手はまだ半ば子どものような武蔵であるというのに、その程度の感情の抑えが効かなかったのも、全ては己の中に迷いがあるからだ、と幸村は考える。
 迷いのない人間は強い。
 昼間の、島津の話は今の幸村には耳に痛いものだった。
 何のために戦うのか、槍を振るうのか、迷いがあるから矛先は鈍る。
 例えば師・武田信玄。好敵手・伊達政宗。信玄の好敵手たる軍神・上杉謙信や、竜の右目・片倉小十郎、あるいは最も近しい存在である佐助であっても、戦うということに迷いはしない。
 島津の言うところの、「筋」が通っているからだ。だから彼らは、強い。
 どうすれば、彼の男たちの背に追いつけるのだろう。
 眼に映る者たちを、を、守れるほどの強さを、どうすれば得られるのだろう。
「・・・・・・甚八」
「は」
「そなたにもずいぶんと情けないところを見せておるな」
 すまぬ、と小さくこぼすように言うと、甚八はしばし逡巡するようなそぶりを見せ、口を開いた。
「――己の未熟を認めるも、武人に不可欠な才覚なれば」
 幸村が甚八の方を振り返る。
 甚八はあくまで静かな表情で、視線をこちらに向けている。
「島津公のお言葉をお忘れになるな。貴方が成れるのは、貴方以外の何者でもない」
「・・・・・・そうだな」
 自分は甲斐の虎にはなれないと、島津は言った。
 なれるならば、「真田幸村」という虎だと。
 幸村にとって、この場合の「虎」とは信玄その人と同義であったのだが、島津はそれを違うと言ったのだ。
「・・・・・・この幸村は、他の何者にもなれはせぬ」
 まるでそれは己に言い聞かせるような声色で、甚八はかすかに目元を緩めたのだった。



 物見の者が、北方より迫る軍勢を報せたのは、その翌日、夜明け前のことであった。

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20120925 シロ@シロソラ
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