第一章 第八話 |
そこから先は、夢の中かと思うような光景だった。 蒼い雷光と紅い爆炎の衝突。 目にもとまらぬ斬撃の応酬。 先ほどまで囃し立てていた伊達軍の兵士たちも、口をあけてその主君の戦いを見ていた。 何度目かの攻防で、刃と刃のぶつかり合う音が響き、二人が間を開けて着地する。 すかさず、成行きを見守っていた男が伊達政宗に駆け寄った。 「政宗様!今は真田に構っているときではございません!」 「口出しするな小十郎ッ!」 気が高ぶっているのか、噛みつくように怒鳴る伊達政宗に、しかし男は一歩も引かない。 「当初の目的をお忘れか!今川義元が逃げてしばらくたちます、そろそろ追わなければ見失います!」 その言葉を聞いて、幾分冷静さを取り戻したらしい。 「――shit」 そして六振りの刀を鞘へ納めた。 「真田ァ!アンタとの決着はまた今度だ――行くぞ小十郎!」 「は!」 男が引いてきた馬(が見たこともない奇妙な鞍をつけている)にひらりと跨り、伊達政宗は今川義元が逃げていった森へ入っていった。 その後を伊達軍が続く。 「待て!――佐助、追え!」 「はいよ」 真田幸村が槍を納めながらそう言うと、どこにいたのだろう、暗緑色の装束の忍びが、常人とは思えない速度で伊達政宗たちの後を駆けて行った。 そして真田幸村がこちらを振り返り、一部始終を声もなく茫然と見ていたに駆け寄った。 「殿!大事ないか!」 肩をつかまれてがくがくとゆすられたので肋骨が悲鳴を上げた。 「――ッぃ、だだだだだ大丈夫、大事ないから、」 返事をしたからか、真田幸村は途端に安堵の表情を浮かべた。 戦場で、しかも自分とは関わりのない一兵士の安否で、なんて人間らしい顔をする男だろう。 の考えをよそに、真田幸村はどこからか手拭いを出し、の額にあてた。 「某、政宗殿を追いまする。戻りましたら手当いたすゆえ、しばしここでお待ちくだされ!」 顔を覗き込まれてあまりに真剣な表情でそう言うのでうなずくしかなかった。 そのまま馬を駆って行ってしまう。 その様子をあっけにとられてしばらく見つめた。 待てと言われても。 だいたい他国の人間なのに、手当とか。放っておいたらいいんじゃないのか。 落としていた刀を拾い、鞘へ納める。 時間は稼いだと思うし、これ以上の深追いは無用だ。 今川義元が伊達の手に落ちれば、やはり後々相模が危ないのだが、今ここで伊達政宗を追っても彼我の力の差は歴然である。 真田幸村の目的は結局よくわからなかったが、伊達政宗を追っていることは確かのようだ。 そうであるならば、直接的に北条に害のあるものではない。 一郎はうまくやっただろうか。 取り留めなくそう思い、風に意識を集中した。 帰ろう。 ふと、押し付けられた手拭いを見る。 「幸」と一文字、刺繍があった。 帰ったら、はなさんに血の落とし方を聞かなければ。 そう思って、は空を蹴った。 小田原城に戻ると、一郎は首尾よく騎馬隊を撤退させていて、武田軍も一度甲斐へ戻ったと報告を受けた。 そしてが戻るころには揃っていた北条家の重臣たちと北条氏政へ、ことの次第を報告した。 伊達軍の目的は今川義元の討伐であったこと。武田軍はその伊達軍を追っており、相模への侵略の意思はなく、また本体は一度甲斐へ退いたこと。 そのまま軍議が始まり、は包帯代わりの手拭いを頭に巻いたまま、氏政と重臣たちのやりとりを聞いていた。 そして手拭いが真っ赤にそまり、滲んだ血が垂れて着物に染みを作り出したころ、斥候が戻った。 曰く、逃走していた今川義元は、突如現れた織田軍により、討たれた。 伊達軍と真田幸村は織田軍を前に、撤退したという。 そこまで聞いて、――その後の記憶がない。 |
20120529 シロ@シロソラ |
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