第一章 第二話 |
心地よい秋の日差しを受けた小田原城の、その壮大な姿をは見上げる。 正確には城下町も全て城壁・堀で囲まれた小田原城の一部ではあったが、やはり難攻不落と名高い北条宗家の居館は圧巻であった。 城内に入ると、見知った侍女の案内を受け、謁見用の広間へ通された。 下座に腰を下ろす。その後ろに一郎が腰を下ろした。 「オレ達だけ、でしょうか」 戦であるならば、てっきり他の家臣も呼ばれている者と思っていた。 家は北条家の古参の家臣ではあるものの、戦場で軍を率いることはあまりなく、それ故に発言権もそう大きくはない。 他の重臣が何人もいるのに、今この場にはと一郎しかいない。 いや、とは思い、天井を見上げた。 「――小太郎」 名を呼ぶと、天井の板がわずかにずれ、目の前にひとりの忍びが音もなく降り立った。 一郎が嫌そうな顔をしているのが、背後に感じる気配でわかる。 「久方ぶりである、変わりはないか」 忍びはこくりとうなずいた。 顔のほとんどを甲冑で覆い、言葉を発しないこの忍びは風魔小太郎という。主君・北条氏政をして伝説と言わしめる有能な忍びだ。 「殿からの呼び出しであったが、戦だろうか」 小太郎は縦にも横にも首を動かさない。 内容は北条氏政本人から聞けとの意味と判断し、は「そうか」と小さく言った。 「では小太郎、せっかくの折だ。殿の御用の後、時間があるようであれば、久方ぶりにまた、わたしに稽古をつけてはくれぬか」 今度はうなずいた。 そしてまた音もなく天井裏へ消えていく。 「・・・・・・さま、よくあんなのと会話できますね。何言ってるかわかんの?」 「だいたいは、な」 一郎を振り返ると、何か妙なものでも見るような眼でこちらを見ていた。 「お前は本当に小太郎が苦手なのだな」 「苦手ってか、嫌いなんだけどね。得体が知れないし、要は金で動いてるんでしょあいつ?」 「聞こえるぞ」 おそらくまだ小太郎は天井裏にいるはずだ。 たしなめるように言っても、一郎は口をへの字に曲げて続ける。 「聞こえるように言ってンの。さまの稽古だって本当は止めたいんだけどね、危険だから」 「そうだな、またはなに湿布の用意を頼まなければ」 「けがする前提で言うなよ」 一郎の呆れたような声。 かの忍びが北条家に仕えてもう五年ほどになり、仕え始めたばかりのころからは小太郎から武術を習っていた。 小太郎は稽古といっても加減をせず、骨を折ったことも打ち身から熱をだしたことも両手の指では数えきれない。 それでも、まったく手加減をしていなければ、いくら模擬刀を使っていようとも自分など瞬殺されているとは理解している。彼は彼なりに、稽古をつけてくれているのだ。 「まったく、オレが相手になれればよかったんだけど」 そう言う一郎の口調が自嘲めいていたので、は上座へ向き直りながら言った。 「わたしとお前の戦い方が違うだけだ、気にするな」 そして、気配と足音を感じて平伏する。 襖が開いて、のそりと上座に現れた人物は、大義そうに腰を下ろし、脇息にもたれかかるとしわがれた声で言った。 「面をあげい」 「は」 顔をあげると、そこには肉をそげ落としたような節ばった体つきの老将。 北条宗家四代目、北条氏政である。 |
20120525 シロ@シロソラ (20120620 一部修正) |
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