「家族になろうよ」シリーズ 6

 シャワーを浴びて出てくると、いつもソファーに置かれていた毛布が無くなっていた。
「あれちゃん、毛布は?」
 開けたままになっている寝室のドアから中を覗くと、例のベッドの片側に陣取ってラップトップパソコンで何やら打ち込んでいるが顔を上げた。
「毛布って、せっかくベッド買ったのにあんたまだソファーで寝る気なの?」
「・・・・・・ってことは、やっぱりそこは俺様の寝床なの?」
「何のために枕が二つあると思ったの」
「いや・・・・・・、抱き枕かなとか・・・・・・」
 は答えなかった。
 パソコンの画面に向かって何事か呟いて、しばらく動きが止まる。それから気が付いたように顔を上げて、こちらを見た。
「そんなとこ突っ立ってないで、あ、リビングの電気は消してきてね」
「・・・・・・はーい」
 とりあえず言われた通りにリビングの電気を消して、寝室に足を踏み入れる。他に行き場がないから、とは反対側からベッドにもぐりこんでみる。
 かたかたと、しばらくの間がキーボードをたたく音だけが聞こえる。ちらりと画面を見れば何やら円グラフと棒グラフ。仕事だろうと判断して、なんとなく三角座りでそれを眺めていた。さすがワーカホリック気味なだけある。完全なブラインドタッチで、目線は一切手元を見下ろさずに画面と脇に置いた資料を行ったり来たりしている。エンターキーを叩く時に勢いが付くのは癖だろう。そんなに叩かなくたって反応はするはずなのに、あれではエンターキーだけ先に壊れるんじゃないだろうかと少し心配だ。
 しばらくして、一際乱暴にたんたんたんとキーを叩く音がしてから、がパソコンをぱたりと閉じた。眉間に皺を寄せて、深いため息。
「・・・・・・どしたの?ご機嫌ナナメ?」
 聞いてみると、こちらを向いたが眉を下げた。
「ごめん違うの。やっぱ家に持って帰ってきちゃだめね、もう一人ってわけじゃないんだし」
「終わるまで俺様、リビングにいとこうか?」
「いいの。何のためにベッド買ったと思ってんのよ」
 何のためって。
 何のためなんですか?
 聞きたいのはこっちです。
「・・・・・・ねェ、本気なの?」
 パソコンをベッド脇の床に降ろしながら「やっぱナイトテーブル要るわね」とつぶやいたが、その佐助の低い声に振り向いた。
「何が?」
 佐助はまだ三角座りを崩さない。
「だから。本気で俺様を、隣で寝かせる気?」
 膝に頬をつきながら、眼を細める。わかってる?俺様男で、男ってのは基本的に狼よ?
「・・・・・・だっていつまでもあんたをあんなとこで寝かせとくわけにはいかないでしょ?ベッド二台置けるほどここ広くもないし」
 が言うのはあくまで正論。
 でもその頬が、さっきより少し赤くなってることは気づいてないんだろうなぁ。
「そっか、ありがと」
 それまで三角座りのために自分の膝を抱え込んでいた腕を解く。の側、つまり右腕を降ろせば、マットレスが柔らかく沈んだ。
 その動きだけで、が肩を強張らせたのがわかった。
 まったく、このひとは。
 大胆なんだか初心なんだか。
 佐助は眉を下げて、笑みを含んだ息を吐いた。
「そんな構えなくたって、ご主人サマのお許しがなけりゃ指一本触らないから安心して」
 じゃあおやすみなさい。また明日。努めて明るくそう言って、布団の下に潜り込む。うわこの羽根布団かっる。さすが高いだけあるなぁ。
 ピ、という電子音がして、寝室の灯りが落ちた。目の前が暗闇に落ちる。がリモコンで操作したのだろう。彼女は灯りがちらついたり音が鳴っていると眠れない性質らしく、寝うるときはいつも暗闇無音にしているのを、佐助も知っている。
 眼が慣れるまでは何も見えないな、と思っていたら、腰のあたりに重み。
「え」
 口を、塞がれた。
 この柔らかい感触は、どう考えても、彼女の、唇。
 そこで漸く、が自分の身体にのしかかっているのだと気付く。
 舌が忍びこんでくる。初めだけは躊躇したようだったが、佐助が薄く口を開けば歯列を舐めてから、その間をこじ開けるように潜り込んで、佐助の舌を探っている。
 そこまでされたら応えてあげないわけにはいかない。
 好き勝手に動いていた彼女の舌を捕らえて、吸ってみる。その舌先を甘噛みすれば、腰の上で彼女がひくん、と身じろぎした感覚。
 どうでもいいけど乗っかってる場所が場所なんだよなぁ。やっぱわかってやってるのかなあ。
 その細い腰あたりに伸ばそうと持ち上げた両腕が、彼女の両腕に押さえつけられた。
 唇が離れる。至近距離で、は、と吐息が漏れる。
 漸く暗さに慣れ始めた視界に、のどアップが映る。その口の端が、くっと上に釣り上がる。
「・・・・・・ナメないで頂戴」
 なるほど。
 主導権は渡さない、ということか。
 どうしようかな。
 確かに客観的に見れば今の佐助は彼女に飼われているようなものだ。御主人様のお帰りをお利口に待ってるわんこ。
 ・・・・・・でも俺様、ペットになる気はないもんね。
 が与えてくれる分だけ、ハウスキーピングの仕事を返す。彼女と佐助の立場は、そういう意味では対等だ。
 佐助の両腕が、の拘束など簡単に抜け出して、その腰を掴んで身体を反転させる。「きゃ」という彼女の短い悲鳴。
 ほら、こんなに簡単に形勢逆転。
 今度はのしかかる側になった佐助が、口づけを落とす。ついばむような、軽いキス。
「・・・・・・ねェ。ちゃんは、俺様のことが好きなの?」
 耳元で囁いてみる。意識して甘い声を出して。自分のことはよく知っているつもりだ。この声が、こういうときには効果的なことも。
 抜け出したいのか無駄な抵抗を試みているを、かわいいなぁと思いながら、耳元に舌を這わせる。
「っひ」
「ね。どうなの・・・・・・?」
 耳たぶを吸う、ちゅ、というリップノイズのような音に、の身体がまた跳ねた。
「・・・・・・、嫌いならキスなんかしないわよ」
 うーん五十点。ちゃんてば妙なところで頑固なんだよねぇ。イチゴジャム食べないのと同じで。
「好きなの、って俺様は聞いたんだけど・・・・・・?」
 答えがないので再び耳を苛めにかかる。舐めたり吸ったり、甘噛みしたり。このひと耳弱いなあ。必死に声を押し殺しちゃって、かわいいんだから。
 覆いかぶさった身体の下で、ひくひくと彼女の身体が跳ねるのを感じて、そろそろ引き時と判断する。
 ちゅ、と音をたててキスを落としてから、その耳元で囁く。
「今度ゴム買ってくるから。それまでに考えておいてね?」
 ふっと息を吹きかけたら、「ひゃっ」とかいう小さな悲鳴が聞こえた。
 どんな顔してるのか、ここからだと見えないのが残念。
 そう思いながらの上から退いて、自分の陣地(どうやらベッドの左半分が佐助の陣地と割り当てられたようだ)に戻る。
 きっと真っ赤な顔しちゃってるんだろうなあ。あれだけ煽ったら少しは焦れてくれるかな。
 さっきのキスでよくわかった。はこういうことには、それ相応に慣れているらしい。そこそこいいお年頃だから当然といえば当然かもしれない。
 なら遠慮はいらないよね?どういうのがお好みかな?
 ・・・・・・あァそうだ。これを機にイチゴジャム克服してもらおうかな。だってあれ、輸入物だからそれなりに安くはなかったし。
 めくるめくシチュエーションを脳裏に思い浮かべながら、佐助は満足げに眼を閉じる。
 主導権は渡さないよ?
 だって俺様、ペットじゃないんだから。


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20121116 シロ@シロソラ