「家族になろうよ」シリーズ 5

 そうだ洗剤買わなくちゃ。
 思い出してよかったと独り言をつぶやきながら、ドラッグストアの自動ドアを潜る。右手に下げたエコバッグの中にはスーパーの戦利品が詰まっている。やはり都会はものが高い。が提示する予算ではもう少し余裕のある買い物ができるのだが、できるかぎりは節約したくなるのが佐助の癖だ。火曜水曜はスーパーの折り込みチラシをいくつも並べてどこが一番安いのかを確認してから出かける。計画通りに物資の調達ができると、なんだか嬉しくなるのだ。現在佐助の行動手段は徒歩しかないので行けるスーパーに限りがあるのだが、自転車があればもっと遠くのスーパーめぐりができるのになと思う。もうしばらく様子を見てから自転車の打診をしてみようか。ちなみに車の運転免許は持っていない。
 地元の球団の応援歌が鳴り響く店内を、洗剤を探して歩く。慣れないドラッグストアはどこに何を置いてあるのかわかりづらい。
 ようやく見つけた棚で目当ての洗剤を見つけて一息。
 ドライクリーニングオンリーのタグが付いた服でもモノによっては洗える、手洗い用の洗剤だ。香りが選べるようだったので、一番おいしそうなのにしてみる。スパークリングベリー。洗濯物がどうスパークリングするのかすごく興味がある。
 そもそも何でこれが必要かと言うと、彼女の服が、というよりは最近の女性向けの服がそうなのかもしれないのだが、とにかくなんでも「ドライクリーニングオンリー」と指定しすぎだと佐助は思うのだ。ポリエステル100パーセントなのにドライクリーニングとは何様だ。洗濯漕で洗われろ。
 とはいえそれが原因で型崩れしたり縮んだりしてしまっては元も子もなく、そこで最近普通に売っている手洗い用洗剤の出番なのである。洗濯機にも「手洗いコース」機能があるのは確認している。これであのブラウスももう大きな顔はできない。ざまあ見ろ。
 レジに持っていくと、くたびれた白衣姿の若い店員がものすごい笑顔をこちらに向けた。
 仕事大変なのかなぁ、と思いながら何の気なしに視線を落とすと、そこに並ぶ小さな箱たち。
 色とりどりのパッケージ、透明のフィルムを被った箱が、整然と並んでいる。
 極うす0.02ミリ。
「・・・・・・」
 脳裏に浮かぶ、届いたばかりの立派なベッド。
「・・・・・・」
 以上でよろしいですかあ、という店員の声に我に返った。
「あ、はい、以上で」
 ありがとうございます、一点で二百八十五円です、はい五百円からお預かりいたします、二百十五円のお返しと、毎月十日二十日は五パーセント還元デーですのでぜひお越しくださいませこちらクーポン入れておきます、ありがとうございましたあ。
 洗剤の入ったビニール袋をそのままエコバッグに放り込みながら自動ドアをくぐる。
 途端にビルの合間を吹き抜けた風がひゅうと頬を撫でて行って、日陰ではまだ肌寒いそれに思わず身震いした。
 エコバッグは腕にかけて、両手をパーカーのポケットにつっこむ。彼女が買ってくれたこのパーカーにはまだしばらく世話になりそうだ。
 頬に感じるひやりとした風が、今は心地いい。
 とりあえず頭を冷やそう。
 




「わぁ、相変わらず食堂っぽい食卓ね」
「そぉ?今日はわりと家っぽいと思うけど」
 いつも嬉しそうに言ってくれるの声で、こっちもなんだか頬が緩むのがばれないように、わざとそっけなく答えながら味噌汁を椀によそう。椀を二つ盆に載せてダイニングテーブルに向かい、上機嫌そうな彼女の前にひとつを置いてから、自分の席に腰を下ろす。
 今夜の献立は鶏の味噌ソテーとなめこの味噌汁、五穀米で炊いたごはん。つけあわせにカリフラワーとトマトを並べている。佐助としてはもう一品必要だと思うところだが、時間が時間だ。あまり量を食べると消化に良くない。
 基本的には食べながら話すということをしない。もちろん話しかければ会話はしてくれるけれど、箸の持ち方も食べ方もきれいだから子どものころに厳しくしつけられたのかな、と思う。
 テレビの報道番組で、天気予報が流れ始めたから佐助はそちらへ視線を映した。
 明日も晴れて洗濯日和になるでしょう。どうでもいいけどこのお天気コーナーのお姉さんはいつも服が微妙だ。なぜカーディガンをスカートにインしているのだろう。美人なのにもったいない。それはそれとして晴れならさっそく買ったばかりの洗剤を試してみることにしよう。
 視線を前に戻すと、がもくもくと、――カリフラワーを口に運んでいる。
「・・・・・・」
 こちらの視線に気が付いたか、が顔を上げる。
 その顔が「何?」と聞いている。
「もしかしてちゃん、カリフラワー苦手・・・・・・?」
「ッ、ばれたか」
「だってさっきからカリフラワー味噌汁で飲み込んでるでしょ」
 指摘されて、は今もまた味噌汁の椀を持っていた左手を降ろす。
「・・・・・・」
「もう、そんな顔しないの。好き嫌いはよくないと思うよ?何で嫌なのさ、そんなクセもないでしょカリフラワーなんて」
 たいして苦いわけでもないし、と言うと、が眉根を寄せて視線を逸らした。
「・・・・・・だって意味わかんないじゃない、白いブロッコリーとか。それならブロッコリーでいいでしょ?」
 また意味の分からないことを。
 佐助が住みつく前は切っただけのトマトとただの冷奴を自信を持って夕食としていたは、偏食とまでは行かないが相応の好き嫌いがある。好き嫌い自体はそれほど珍しいことではないのだろうが(は立派な成人女性であり、そもそもそれ自体があまり褒められたものではないが)、佐助が不思議なのはその理由がいつもよくわからないものだということだ。
 この間は朝ごはんのパンに塗ろうと買ってきたイチゴジャムがだめだった。その理由は小学生のころ給食で食べきれずに居残りさせられたから。一体何年前の話だよ、ほらおいしいよと勧めても頑として口にしなかった。おかげであのイチゴジャムは佐助専用だ。そんなに甘いものが好きなわけでもないのに。
 イチゴジャムに比べれば、このカリフラワーはまだ口にするだけましといえばましだ。
「身体にいいんだよカリフラワー。ブロッコリーよりも加熱でビタミンCが逃げにくいし」
 一応フォローを入れてみたがやはりだめなものはだめなようだ。
 白いブロッコリーは受け入れてもらえないらしい。かわいそうに。
 とはいえ一株買ってしまったカリフラワーはまだ半分以上残っている。とりあえず明日はポタージュにして正体不明にしてしまおう。こういう手合いは往々にして、その姿が見えなければ食べれたりするものだ。
 メインディッシュの皿からカリフラワーだけを綺麗に食べきった彼女は満を持して鶏肉に取り掛かっている。そういう食べ方がもう子どもだ。
「ねー、ちゃん」
「何ー?・・・・・・っあこれおいしい!何これ!」
 鶏を一かけ頬張ったが眼を丸くする。そういう反応は、見ていてこちらも嬉しくなる。やはり自分が作ったものを喜んで食べてもらえるというのは幸せなことだ。
「何って鶏だけど。味噌焼き的な?」
「あんた本当になんでも作れるのね」
「何でもってわけじゃないよ、蛇捌けって言われたらさすがに無理よ?」
「そんなもん出したらすぐ追い出すからね」
「冗談だってば」
 苦笑しながら考える。蛇ってでもしゃぶしゃぶにすると鶏みたいな味になるよね。こっそり出してもわからないんじゃないのかな。まあそもそもこの辺のスーパーには置いてないだろう。
「で、何?」
 鶏を飲み込んでから、がこちらを見た。
 声をかけた理由を思い出して、佐助は一度視線を泳がせる。
「あー、・・・・・・届いたよ?ベッド」
「うん見た見た、やっぱり大きいわね」
「一応聞くけど。・・・・・・あれ、ちゃんのベッド、だよね?」
 正確には、ちゃんが一人で寝るベッドなんだよね、と聞きたかったのだが、なんとなくそこまでは言いにくかった。
 そんなこちらの複雑な胸中など知ったことではないらしく、は鶏に夢中のようだ。箸の動きがいつもより早い。
「なんで自分ちに他人のベッド置く必要があるのよ」
 返ってきたのはそんな、有無を言わさないような声色の答え。
「・・・・・・だよね?」
 そうだよね、うん、と独り言のようにつぶやきながら、佐助は空になっているのグラスに冷やしていた緑茶を注いだ。


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20121109 シロ@シロソラ