「家族になろうよ」シリーズ 4 |
「今日荷物が来るから受け取っておいて」 確かに彼女は今朝、そう言って出かけて行った。 聞いていた時間どおりにインターホンが鳴り、数人の業者が折り目正しい挨拶をして入ってきた。 彼らが名乗った会社名も、彼女から聞いていたものと同じだったから、彼らが運んできたのは彼女が頼んだ品物で間違いはないのだろう。 だが。 これまで八帖もあるその部屋にぽつんとひとつ置かれていた、簡素なパイプ作りのシングルベッド(寝れればなんでもいいというどこまでも彼女らしいベッドだった)はあっという間に解体されて運び出され、あれよあれよという間に彼らがそこで組み立てたのは、ダブルサイズの、立派な木製のベッドだった。 寝具すべてを買い揃えたのだろう、ベッドの上には同じダブルのマットレスが置かれ、ベッドパッドにシーツ、羽毛布団、そして枕が二つ、ご丁寧に布団カバーと揃いの枕カバーまで、どんどんと運び込まれる。 ベッドメイクまで完璧に設えて仕事を終えた業者の一人が、サインをお願いしますと伝票を差し出してきた。 そこには確かに客の名として彼女の名前が記されており、ベッドからマットレスから何から箇条書きで記されている。 ベッド本体はもちろん、マットレスもテレビでCMを見るようなブランドもの、布団も各カバーも同じく。総額けっこう恐ろしい値段が書いてあるが、その下にカード決済済との印字、視線を降ろしていくと一番下に、今日の日付とサインの欄がある。 預かっているスタンプ印を押す、「」という飾り気のない朱字、そのまま業者に伝票を返すと、お客様控えだという複写の二枚目を差し出された。 「ありがとうございました!」 来たとき同様、揃って折り目正しく頭を下げた彼らに、「はあどうも」なんて気の抜けた会釈をして、彼らが出て行った玄関の扉の鍵を閉めてから、もう一度寝室に戻る。 我が物顔でそこに鎮座している、何度見てもそれは立派としか言いようのないダブルベッドを前に、佐助は漸く疑問符を口にした。 「・・・・・・え?」 佐助がこの家で所謂ハウスキーパーを始めて二週間がたった。 雇い主はこの二週間一日たりとも休んでいないワーカホリック気味の女の人で、年は聞いてないけどおそらく佐助よりもいくらか年上。これだけ聞くとヒモか何かと間違われそうだが、彼女の名誉のためにもそんなことはまったくないと主張しておく。佐助はこの家の家事全般を完璧にこなして、その報酬としてここに置いてもらっているのだ。雨風を凌ぐ、という目的のためには幾分立派すぎるマンションで寝起きして、自分で作ればお腹いっぱいおいしいものが食べられる生活は、彼女と出会う前の放浪生活と比べるとまさに天国ではある。 だが、彼女と佐助は恋仲ではないし、ましてセックスフレンドというわけでもない。 その証拠に、この二週間、佐助が寝起きしていたのはリビングのソファーだ。 彼女と出会った、風邪で倒れたあの日こそ、先ほど解体されていったベッドに世話になったが、あのベッドは彼女が寝るためのものである。この家で他に寝られる場所といえばリビングのテレビ前のソファーしか思い浮かばず、毛布を借りてそこで寝ることにしたのだ。三人掛け用のソファーでは足が出てしまうが、問題はなかった。佐助は寝ようと思えばどこでも寝られるし、何より先述のとおり、以前の生活と比べればソファーの上はすこぶる快適だった。彼女はそれじゃあ寝にくいでしょと眉をひそめたが、じゃあアンタの隣で寝ていいのと聞いたときの首まで赤く染めた反応があまりにかわいかったので、ベッドは丁重にお断りした。あんな人が隣にいたら色々と自制できる自信がない。 そういうわけで、佐助は彼女と同じ部屋で寝たことがない。 のだが。 目の前の立派過ぎるベッドにそっと腰を下ろしてみる。 「ぅわ」 マットレスの上等なスプリングが、感じたこともないような低反発を発生させてきた。 なにこれ。 腰を下ろしたまま、身を捻ってベッドを見下ろす。 黒に近いダークブラウンのベッド、シーツと布団カバーと枕カバーはどこまでもシンプル一徹な揃いの淡いベージュ。 彼女は実は、クールに見える外見に反してかわいいものが好きだということを、佐助は理解しつつあったから、このセレクトは少し意外だった。もっとピンクでフリルなものがよかったんじゃなかろうか。 それに、気になるのはその枕の数。 二つ。 それはつまり。 「・・・・・・まさかね」 わざわざ口に出して言ってみても、頭に生まれている想像は消えてくれない。 これはもしかして、彼女と自分が寝るためのベッドなのではないか。 彼女が、自分と寝る――そういう決意をしたということなのではないか。 一部の隙もないスーツ姿の彼女が、夜はどんな風に―― 「・・・・・・ッ、だから違うそれはない!」 頭の中を過ぎり始めた要らぬ妄想を振り払うように言って、佐助は立ち上がった。 何考えてんだ馬鹿野郎、とこころの内の自分に言う。 枕はきっとあれだ、抱き枕だ。何かにしがみついた方が寝やすい人だっているじゃないかそうだそれで決まり。 「・・・・・・買い物いこ」 座ったことで少し乱れた布団を元のように整えて、佐助は寝室を出た。 そこに置いてあった全身が映る姿見の中の自分の頬に朱が差しているのを見て、その頬をぐいと手で擦る。 何考えてんだ馬鹿野郎。 もう一度、自分で自分に言い聞かせる。 そもそも自分と彼女は恋仲ではない。 とはいえ、気になるものは気になるのだ。 エコバックを片手に財布をジーンズの後ろのポケットに突っこんで、玄関で若干薄汚れたスニーカーを履きながら、佐助は大きなため息を吐いた。 「・・・・・・ちゃん早く帰ってきてー・・・・・・」 それであのベッドが何なのか教えてください。 我ながらなんつう情けない声、そう自分で突っ込みを入れながら、佐助は玄関の扉を開けた。 うららかな春の、穏やかな日差しが扉から差し込んできた。 |
20121001 シロ@シロソラ |