「家族になろうよ」シリーズ 2 |
営業先から会社に戻る途中、は通りかかった店で、拾った彼の着替えを物色していた。 人を拾ったのは初めてだ。 というか、あんな道端で倒れている人を見るのが初めてだった。 いつからあそこで倒れていたのか知らないが、他に誰も彼を助けようとはしなかったんだろうか。 救急車を呼ぼうかとも思ったが、声をかければ受け応えはするし立って歩いたので、とりあえず連れて帰った。 今朝はずいぶんしっかりした顔つきになっていたから、経過は良好とみていいのだろう。 カゴにスウェットの上下のルームウェアとTシャツ、下着を放り込む。 彼の服装を思い出す。長袖のTシャツとジーンズ。三月にしては薄着だった。 そう思って、特価になっている厚手のパーカーもカゴに入れた。 ・・・・・・いくつかしら・・・・・・、ハタチは超えてると思うんだけど。 学生、ではない気がする。学生独特の初々しさが感じられなかった。 かといってあの明るい髪の色は、カタギのサラリーマンではないだろう。 顔は、よかった。 結局彼に親切心を起こした理由は、そこなのかもしれない。 「うんまあ、そういう女よ私は」 一人でつぶやいて、カゴをレジへ持っていった。 次に目が覚めたら夕方で、熱はほとんど下がったように思えた。 他にすることもないので、佐助はお粥の残りを食べながらテレビを見て彼女の帰りを待つ。 そういえばこうやってテレビを見るのも久しぶりだ。 最近はどんな番組をやっているのかさっぱりわからない。 チャンネルを回すと、名前を覚えられないアイドルや、見たこともない芸人が大騒ぎしている。 なぜだか笑い声が耳に付く。 さらに何度かリモコンを押すと、野球中継に変わった。 野球に興味はないけどもうこれでいいやと思ってリモコンを置く。 赤いユニフォームを見て、そういえば大将と旦那が応援していたチームだと思い出した。 勝っても負けても最終的にはふたりで殴り合いをしていた光景を思い出す。 ほとんど家出のような形で彼らと別れて何か月たっただろうか。 初めて出会ったころはまだ自分の名前をきちんと漢字で書けない子どもだった旦那が、時の流れとは早いものでこの年明けに結婚した。 佐助もよく知る相手の女性はかわいらしくもしっかりした子で、彼女にならば旦那を任せて大丈夫と太鼓判も押した。 そうして、これまでの人生のほとんどを捧げた「仕事」が、終わってしまった。 大将も旦那も引き留めてくれたが、そろそろ自分のための人生を生きてみようかと、所謂「自分探し」の旅に出てみたのだ。 根無し草でフラフラした挙句、風邪で行き倒れとは我ながら情けない。 やっぱ健康保険は入らないとだめかなー、などと考えていたら、テレビの向こうで赤いチームの代打の選手が、大歓声の中登場した。 延長十回、ツーアウト一・三塁。 『――さあ後がなくなりました!フルカウントからの八球目!』 足音が聞こえて、佐助はテレビを消して立ち上がった。 玄関の電気を点けると、外から鍵を回す音。 扉が開く。 「おかえりなさい」 彼女はこちらを見て一瞬驚いたように眼を開いた。 「・・・・・・ただいま」 そして、あのきれいな笑顔で、笑う。 「ただいまとか言うのずいぶん久しぶりだわ、誰かに出迎えてもらうのっていいわね」 着替えを押し付けられて、シャワー室に放り込まれた。 仕事から帰ってきたなら彼女の方がシャワーを使いたいのではないかと思ったが、とりあえず今は拒否権がないので言われた通りにする。 ボディーソープもシャンプーも、女の子が好きそうな甘い香りのものだ。 彼女の外見のイメージとは少し違う気がしたが、なんだか悪い気はしない。 それしかなかったので佐助もそれを使うことになり、なんだか全身から甘いにおいをさせながらリビングに戻ると、スーツから動きやすい恰好に着替えた彼女がテーブルに盆を置いているところだった。 「サイズそれで大丈夫?」 ルームウェアのことだと気付き、うなずく。 「ずいぶん顔色戻ったわね、もしかしてもうお粥じゃなくていいのかもしんないけど作っちゃったから食べて」 言われて席につく。 今朝とは違うお粥だった。鶏肉が入っている。 いただきます、と言って口に運ぶ。 「おんなじだと飽きちゃうと思って味変えてみたけどどう?大丈夫?」 「・・・・・・うまい、です」 「そ、よかった」 そう言って彼女が向いの席にどんどんと「食事」を置いて、腰を下ろした。 ぷし、と缶ビールを開ける音。 「・・・・・・」 「どうかした?」 「・・・・・・もしかしてそれ、晩御飯?」 「え?うん」 「・・・・・・いつもそうなの?」 「うん」 そう言って彼女がつついているもの。 冷奴。 そして丸ごと一つを切っただけのトマト。 以上。 「だって一応野菜とほらタンパク質。問題はないでしょ」 思わず、言葉を失った。 いや、確かにそうなのかもしれないけれど。 毎日それって。 佐助は彼女の食事と、自分の粥を見比べる。 飽きると思って味を変えたと、彼女は言った。 だが自らの食事のこととなると、彼女はそのモチベーションをまったく発揮しないらしい。 「・・・・・・あのさ、」 「んー?」 「明日、五百円くれたら、メシ、作るけど」 あとから思っても、どうしてそんなことを考えたのかよくわからない。 助けてもらった恩返しか、一人暮らしの女性への下心か。 たぶん、冷奴とトマトで満足している彼女を放っておけなかったのだ。 そう、佐助は思っている。 |
20120824 シロ@シロソラ |