「家族になろうよ」シリーズ 1

「ねぇあんた、大丈夫?」
 声が聞こえて、意識が浮上した。
 頬にコンクリートの固くて冷たい感触。
 あれ、俺様いつの間に外で寝てた?
「ねぇ」
 もう一度声がして、眼だけでそちらを見る。
 焦点が合う、周りが暗いのでもう夜らしい、街灯に照らされた声の主は、スーツの女だった。
「あと五十メートル、歩けるならうちで寝かせてあげる」
 どう、と聞かれる。
 なんだか寒気がする。うまくものが考えられない。
 だから、うなずいた。

 それが、この不思議な女(ひと)との出会い。





『――時刻は六時、今日の天気です。汐留のマリちゃん?』
『はーい、こちら汐留、晴れて気持ちのいい朝です!今日は西日本から関東にかけては高気圧に覆われ――』
 眼が覚めると、見覚えのない天井が視界に映った。
「・・・・・・あさ・・・・・・?」
 どこだここ。
 ベッドの上だった。
 起き上がる。
 額から、冷却シートが剥がれ落ちた。
 それを見て、記憶が少しよみがえる。
 ――そうだ、なんだか体中が痛くて倒れたんだっけ。それで。
 ベッドしかない寝室と思われる部屋のドアは開けてあり、その向こうからテレビの声が聞こえる。
 佐助はのそりとベッドから抜け出した。





「ああ、目が覚めたの」
 ドアを抜けると、リビングルームだった。
 テレビの前のソファーに腰掛けていた彼女が、読んでいた新聞をぞんざいに畳むとこちらに歩いてくる。
「あの」
 佐助の声を無視して、その掌を佐助の額に当てる。
「んー、まだ熱あるわね。昨日よりはマシか」
 そしてキッチンに入っていく。何やらがたごとと物音。
「ぼさっと立ってないで、座んなさい」
 キッチンのカウンター越しにそう言われて、とりあえずダイニングチェアに腰掛ける。
 そこに彼女が持ってきた盆を置いた。
「とりあえず食べなさい。で、これ飲んで」
 盆に乗っていたのはお粥と水の入ったグラス、そして市販の風邪薬。
「あ、ていうか、それ風邪よね?何か他に持病持ってたりする?」
「・・・・・・いや、風邪だけど」
「そ。あ、身体気持ち悪かったらシャワー使ってもいいわよ、でも着替えがないけど。今日適当になんか買ってくるわ。サイズはLよね?今日はそれ飲んでこれ貼って大人しく寝てなさい」
 一方的にそう言って、熱さまし用の冷却シートを押し付けられる。とりあえず受け取る。
「テレビは好きに見てていいわ、その辺のDVDも。あとはあんまり漁らないでほしいけど」
 こちらの返事を聞かずに、彼女は革製のバッグに新聞を突っ込み、ソファの背にかけていたジャケットを羽織った。
「夜は、んー、十時までには帰ると思う。お粥は鍋に入ってるから」
 そう言い残して彼女が部屋から出て行こうとするのを慌てて追う。
「あの」
 玄関でパンプスを選んでいた彼女がこちらを振り向く。
「ん?」
「えっと、あなたは」
 何から聞いていいかわからず、とりあえず初めに思った疑問を口にすると、彼女はパンプスを履きながらにこりと笑う。
 笑顔がきれいだ。
「私が帰るまでいい子で待ってられたら教えてあげる」
 そう言って玄関の戸を開ける。
 彼女は振り返ることなく戸を閉め、鍵をかける音がした。





 とりあえず言われた通りにする以外にできることがなく、佐助はテーブルに戻った。
 冷めてはもったいない気がするので、お粥を掬って口に運ぶ。
「・・・・・・うま」
 ここ最近はずっとコンビニ弁当しか食べていなかったので、誰かの手料理は久しぶりだった。
 優しい、味がする。
 食べながら、リビングを見渡す。
 物は少ないが、清潔感のある部屋だ。
 窓から見える景色は、空。ここはどうやらマンションの高層階らしい。
 食べ終えて、風邪薬を飲み込んで、一息。
 とりあえず盆を持って、キッチンに入る。
「・・・・・・」
 コンロに置いたままの鍋に、言われた通りお粥の残りが入っているが、それ以外は清潔というか、ほとんど使っている形跡のないキッチンだった。
 お粥の皿とスプーン、コップを洗ってから、ふと思って冷蔵庫を開ける。
「・・・・・・これはまた」
 思わず声が漏れた。
 ずらりと並ぶ缶ビールと、「十秒チャージ」がキャッチフレーズのゼリー状栄養食品のパックが何個か。
 冷蔵庫の中身の、それがすべてだった。
 冷蔵庫を閉めて立ち上がると、眩暈がした。
 まだ、熱があるんだっけ。
 わからないことだらけではあるが、とりあえずは自分が回復しないと何も始まらない。
 テーブルの上に置いたままだった冷却シートを額に貼り、佐助は言われた通りにしようと大人しく寝室に戻った。


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20120728 シロ@シロソラ