その衝撃に、は背を弓なりに反らせて、悲鳴をあげた。
 腹の奥、疼いていた箇所を熱い塊が貫く、それはさきほど舐められていたときの身体を包むような感覚とは似ても似つかぬ無遠慮さで、腹の内の臓腑を突き破られるのではないかという恐怖がを襲った。
「か・・・・・・ヒ、っ」
 ほとんど無意識に、自らの生命を守らんとする生きものの本能に従って、は逃れようと身体を前へと動かす。
 しかしその細い腰には、わずかも進まないうちに幸村の爪が食い込んだ。
「――ァああッ!!」
 腰を捕まれ後ろからさらに抉るように串刺しにされて、の上体はがくりと褥にくずおれる。
「逃しはせぬ。逃れられはせぬ」
 覆いかぶさった幸村が、の耳元で言う。
 その幸村の腹にぴたりと触れている背が、熱い。
「ぁ・・・・・・、ぅぁ」
「逃さぬ」
 そう言って、幸村はのうなじに噛みついた。その大きな牙が皮を破って食い込む。
 がもがこうとするのを牽制するように、噛みついたまま、うるるるると喉の奥を鳴らす。
「ッぎ、」
 の口から、ねじくれた悲鳴が漏れる。
 がつりと腰が打ちつけられて、首筋から滴る血がぽたぽたと落ちて褥に浸みを作っていく。
「おれのものだ」
 一度口を離してそう呟いて、再び幸村はのうなじに牙を立てる。
 腕や腰、の身体を抑え込む爪が、幾重にも傷を刻んでいく。
「あ、ああ、あぅ、あ、」
 身体の、感覚が、おかしいと、は気づく。
 自分の声が、どこか遠くに聴こえる。
 自由の利かない身体に、しかし痛みは無い。
 度を越えてしまったのか、あるいは先ほど飲まされた茶の作用なのか。
 ただ、熱い。
 腰から下が、溶けてなくなるのではないかと思う。
 褥に押し付けた口からは意味のある言葉など出てこない。
 舌が痺れて、口の端から唾液が飛ぶ。
 やがての身体が抵抗しなくなると、うなじから牙が離れ、ぐるりと身体が反転させられた。
 うつ伏せから仰向けになり、幸村を見上げる体勢になる。
「――ぅア!!」
 体勢が変わったことで、さらに奥までを穿たれて、の身体が跳ねる。
 そのの顔を、幸村が舐める。
 熱に浮かされたような表情で、ゆるゆると腰を動かしながら、の口に舌を差し入れ口腔を犯す。
「ん、ふ・・・・・・」
「おれのものだ」
「っくあ、」
「おれのものだ」
 とっくに溶けたと思っていたのに、の下肢はしっかりと、幸村の欲を感じ取っている。
 脈打つそれが、己の中を隙間なく埋め尽くしているのを、感じる。
 ただ、ひたすら、熱くて。
 自分の、なかが、幸村で、いっぱいで。
 こんなに、満たされる思いを、は知らなかった。
 ああ、
「・・・・・・しあわせだ」
 の口は、そう紡いだ。
 幸村が、を見下ろす。
?」
 はゆっくりと両腕を持ち上げて、幸村の背に伸ばす。
「ああ、あなたのものだ」
 その熱の籠った身体をそうっと抱きしめて、背を撫でる。毛が滑らかで、さわり心地がよい。
「わたしは、貴方がいなければ生きていけない。だから、わたしは貴方のものだ」
 幸村の、黄金色の双眸を覗き込む。
「だが、わたしは鬼を、貴方を、殺さねばならない」
 ひとのものではない虹彩をもつ、つよくて、うつくしい瞳。
「だから、あなたのいのちは、わたしのものだ」
 それを聞いて、幸村は、笑った。
「・・・・・・、」
 抽送が再開されて、の意識は瞬く間に熱に塗りつぶされていく。
「ッあ、ああ、あ、」
、」
 名を呼んで、幸村はの身体をきつく抱きしめる。
 逃げ場を失った細い身体を裂くように、己を突き立てる。
、」
「・・・・・・っき、むら、」
 涙を散らしながら、が幸村の背の毛皮にしがみつく。
「ゆきむら、――ッ、んぁ」

「ゆきむら・・・・・・ッ」
 ――真っ白になった視界に、ちかちかと火花のようなものが散るのを、は見た。









 緑のにおいで、眼が覚めた。
「・・・・・・ぅ」
 何か、とてもしあわせな、夢をみたような。
「・・・・・・ゆめ・・・・・・?」
 むくりと頭をもたげたは、ぼんやりとした視線を周囲に動かした。
 高い窓から差し込む光は明るく室内を照らしている。
 自分の身体は褥のうえで、枕元にはいつもの着替えと刀が置かれている。
 部屋の一角を遮っていた御簾が上げられていて、その向こうにがらんと広い部屋、そして締め切られた障子が見えた。
 人の気配は、無い。
 朝だ。
 ――『・・・・・・いつか、朝が来て貴方がいないということも、あるのだろう』
 自分で言った言葉が、胸の内を渦巻いた。
「・・・・・・ゆ、き、む、ら、」
 確かめるように、その名を声に乗せる。
 それに応えるかのように、木々の葉擦れの音が、聞こえた。
「・・・・・・っ」
 はその音に眉根を寄せると、軋む身体を引きずるようにして立ち上がった。















 近くの村では朝早くから、その話題で持ちきりだ。やはりあの島には近づいてはいけない、大人たちはそう口を揃える。
 なんでも夜明けとともに現れた行商が、確かな筋から聞いた話だと、もったいつけながらも話して行ったらしい。
 曰く、鬼を退治せんと鬼ヶ島に向かった桃太郎は、鬼の返り討ちにあったらしい。骨身も残さず食らい尽くされたそうな――・・・・・・















 森の木々の間に隠すように建てられているその屋敷の、枝葉の間から朝陽の差しこむ濡縁で、ひとの姿に戻った幸村は、佐助のその報告を聞いてむうと唸った。
「骨身も残さずとはまた、物騒だな」
 主の表情を見て、こちらもひとの姿の佐助は、ひょいと肩をすくめる。
「なーに言ってンのさ、あながち間違っちゃいないだろ?まったく人間の、しかも生娘を相手にだ、よくもあそこまで無茶したもんだよ」
「・・・・・・無茶?」
「ちょっと、自覚ないわけ?まー人間のひとりやふたり死のうがどうしようが俺様は知ったこっちゃないけどね、仮にも好きなんだったらもうちょっとヤりかた考えたら?」
 幸村がぱちりと瞬きをして、首を傾げる。
「・・・・・・好き?」
「は?違うわけ?」
「それはもちろん好きだが、今まで食したどの団子よりも、美味であったし。血も涙も、何もかもが甘くてな」
「・・・・・・ああ、そう」
 げんなりと息を吐く佐助にもう一度首を傾げてから、幸村はひくりと耳を動かした。
「起きたようだ」
 そう短く言って、濡縁から獣の動きで飛び降りる。
 足音を立てずに走れば、あまり整えられているとは言えない庭園の一角に、所在無げに佇むの姿があった。
!」
 近づいて呼べば、きちんと袴を穿いて、髪も結いあげているが、ゆっくりとこちらを向く。
「如何した、このようなところで」
「・・・・・・目が覚めたら、貴方がいないから」
 返ってきた、いつもの平坦な声色に、幸村は笑う。
「そうか、寂しい思いをさせた、すまなかった」
「・・・・・・べつに、寂しくなど、ない」
 その不貞腐れたような声と同時。抜刀の金属音が響いて、刃が幸村の首筋でぴたりと止まった。
「貴方は、わたしが殺すんだ。勝手に居なくなられては、困る」
 幸村はその刃を気に掛けることなく、一歩歩み寄るとの身体を抱き寄せた。
「離せ・・・・・・っ!」
 もがくの、露わになっているうなじに、幸村は視線を落とす。
 そこには、幾度となく噛みついた己の牙の痕が、生々しく残っている。
「まったく、昨夜は幸村幸村と可愛く呼んでくれたというのに」
 そう言って、うなじを舐めると、腕の中でが「ひぅっ」と悲鳴を上げて、へたり込んだ。がしゃん、と音を立てて、刀が落ちる。
「おお、すまぬ、」
 幸村は慌てて手を差し伸べるが、その手をとることもなく、は顔を真っ赤にして座り込んだままだ。
「・・・・・・腰がたたぬのか」
「・・・・・・っ、貴方は、わたしが、殺すからな・・・・・・ッ!」
 ぎらりと睨みつけるを見て、幸村はにこりと笑う。
 そして、立ち上がれないをひょいと抱き上げた。
「ああ構わぬ、それまで俺はを何度でも喰らうから」
「待・・・・・・っ、そんなところを舐め、ひぁっ」









「・・・・・・やれやれ」
 ふたりがそれぞれ胸に抱く恋心に気が付くのは、もう少し先のことになりそうだ。
 まったくあれではじゃれ合う獣そのものだ、と考えながら、少し離れた濡縁からそれを眺めている佐助は細く長いため息を吐いた。



(おしまい)


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20130704 シロ(シロソラ)