[http://sirosora.yu-nagi.com/]シロソラ残暑見舞いSS 高校の向かいにあるコンビニに入ったは、迷わずその足をペットボトルが並ぶ棚に向けた。 ひやりとした冷気が頬をくすぐる、ここまで自転車を漕いできて汗ばんでいた身体に心地よい。 ずらりと並ぶ500ミリペットボトルから、またも迷うことなく両手で一本ずつ掴んで、夏休みであるが故に客が少ないので、待つことなくレジを済ませる。 「?」 出入口のドアに向かって歩き出したと同時、声をかけられる。友人がコンビニに入ってきたところだった。 「かすがちゃん!」 「どうしたのだ、夏休みに制服まで着て。今日は登校日ではなかったはずだが」 「ちょ、かすがちゃん、さすがの私も登校日まで間違えたりしないから。今日はちょっと見学だよ。かすがちゃんは委員会?」 「ああ」 頷く友人の、この猛暑日にあってなお涼しげな顔をは見る。いつもながら本当にきれいだ。汗をかいたところなど見たことがない。同じ女なのになんでこんなに違うんだろと思いながら、日よけのために首に巻いていたスポーツタオルで鼻の下にかいた汗をぬぐった。 「――、お前炭酸は飲めないのではなかったのか」 かすががの手元を指す。 手に提げたコンビニ袋から透けて見えているのは炭酸飲料の代表、コーラだ。国内シェアを競い合う、赤いラベルのコーラと青いラベルのコーラ、一本ずつ。 「うん、これは差し入れなの」 じゃあまたね、そう言ってコンビニから出ていく友人の背を、かすがは首を傾げながら手を振って見送った。 最盛期を迎えているクマゼミの大合唱の中、は自転車置き場に自転車を置くと、コンビニ袋を引っ掴んで体育館へと走った。 体育館からは、すでに音が聞こえてくる。 ボールが床を打つ音。それからバッシュの床を捕える音。 そういえばバッシュの音は鳥の鳴き声みたいだという歌詞の歌を聴いたことがある。誰の何の歌だったか忘れたが、なるほど的を得ていると思いながら、体育館の金属製の重い戸を開けた。 男子バスケ部は休憩中のようだ。体育館の壁側に腰を下ろしてタオルをかぶっている者、水分補給に勤しんている者、自主的なシュート練習に励んでいる者、 「おはようございまーす」 挨拶をすると部長がこちらを見た。 「おう、夏休みまで大変だなァ」 「長曾我部先輩、いつもお邪魔してすみません」 部長が立ち上がってに歩み寄る。長身なのではずいぶん見上げるかたちになる。その頭を、ぽんと軽く叩かれた。 「いいってモンよ、可愛い子の眼でもあれば野郎共のやる気もちったぁマシになるだろ」 「うー、期待してもらっても、みなさんへの差し入れはないのですが」 「わかってる、つうか、練習中にそんなモン飲めるのあいつらだけだからな」 そう言って部長が親指で差す先、ゴールを一つ独占して1オン1で向かい合っている二人。 「休憩時間はあと10分だが、そろそろ俺もゴール使いたいんだわ、あいつら撤収させてくれるか」 呆れたようにそう言う部長に、はびしっと敬礼で返した。 「承知しましたっ」 きゅ、とバッシュが音をたてる。 腰を落として、相手を見据える。 ボールを持つその腕が右に動く、フェイントだとわかりきっているのでこちらは動かずその視線をたどる。 左。 ――と、見せかけて右! バッシュが鳴る、電光石火で動いた相手のボールを奪おうと右手を伸ばす、しかしそれを見越したかのように逆方向に動かれる。 「ッ!」 させるか!! だんと床に着いた右足を軸に身体をひねる、そのまま跳躍、シュートモーションに入っている相手のボールだけに意識を集中する。 極限まで腕を伸ばし、指の先がボールに触れる。 放たれたシュートはゴールポストにはじかれた。 「・・・・・・チ、あそこから追いつくとは、な」 「政宗殿こそ、見事なフェイントでござった」 「引っ掛かっても止められたんじゃァ意味ねェよ」 物心ついたころからのライバルである政宗のその言葉に、に、と笑い返して、幸村は転がっていったボールを眼で追いかけ、 そのボールの先に幼馴染の笑顔を見つけて、顔を輝かせた。 何事かとその視線を追った政宗が、同じように表情を変える。 「!」 「My sweet!」 「ゆき、まーくん、お疲れさま!差し入れあるよ!」 がそう言ってコンビニ袋からコーラを取り出して掲げて見せると二人が駆け寄ってくる。 なんだか犬みたい、そう思いながらふたりにコーラを差し出した。 幸村が赤いラベルのコーラ、政宗が青いラベルのコーラ。 コーラは二人の好物なのだが、二人とも昔からそれぞれこの銘柄のコーラしか飲まない。 炭酸で舌がびりびりするのが苦手なとしては、色も臭いも似通ったふたつのコーラの違いがまったく分からないのだが、本人たち曰く、「全然違う」のだという。 子どものころはどっちがいいかと散々ケンカしていたが、さすがに高校生にもなればコーラがケンカの種にはならないらしい。 コーラを受け取った二人が同時にキャップを捻る。ぷし、という音。 しばらく無言で、二人がコーラを飲むその喉の動きなんかをは見ている。 男の子の喉だなぁ、などと思いながら。 「どう、調子は」 「ま・悪かねぇな」 半分ほどを飲み終えて、政宗が答える。コーラにキャップをして、タオルでがしがしと汗に濡れた頭を拭いている。 「俺も悪くはない、今はとりあえず秋に向けて基礎から叩き直すより他に方法はないから」 こちらは全て飲みきってしまった幸村が笑って言う。 「次は、絶対に負けられぬ」 「ったり前ェだ」 何に、とは聞かなくてもにもわかっている。 この夏、バスケ部はあと一歩のところでインターハイの出場を逃した。 都大会決勝リーグで立ちはだかった常勝校に完膚なきまでに打ちのめされたのだ。 次の、冬の全国大会・ウィンターカップには出場すると誓い立てて、チームは夏休みに再始動した。 「うん、応援してる」 二人を見ては笑う。 「――それにしても、暑いね、ここ」 体育館の、二階部分にある窓は全て開けてあるのだが、風通りは悪い。じわりと蒸す空気に、も汗をかき始めていた。 首元から空気を入れようと、第二ボタンまで開けたシャツの胸元をぱたぱたとひっぱる。 幼馴染ふたりが妙な眼でこちらを見ているのに気付く。 「・・・・・・どうかした?」 「ッ、その、そなたおなごなのだから、そのようなことをしては、」 「HA、何見てンだよ幸村!、こいつ初心な振りしてむっつりだぜ、近寄らない方がいい」 「え?」 政宗がそう言っての左腕を引く。 すると幸村が顔を真っ赤にして、の右腕を引いた。 「な、何を言うか!貴殿こそどこを見ているのでござる!、この男こそ下心が透けておる、おいそれと近寄るな」 「は?」 は困惑して、それこそ犬が威嚇するように睨みあっている二人の顔を見比べる。 「Hey、その手を離せよ。が痛がるだろうが」 「そう言われるそなたが離せばよかろう」 コーラの銘柄ではケンカをしなくなった二人だが、こういうよくわからないところで頻繁に張り合っている。 えっと、いったいどうしたらいいの。 そう思っていたら、ごん、という小気味のいい音がして二人の頭に同時に鉄拳が見舞われた。 「よォふたりとも、大岡裁きって知ってるかァ?」 「部長!」 「痛ッてぇな元親!」 「オラ立て、休憩は終わりだ」 長身の部長に二人が引きずられていくのを、は手を振りながら見送った。 「行ったぞ!」 「回せ!!」 三角座りでが見つめる先、コートでは紅白戦が行われている。 今日は先輩後輩でチームを分けているので、幸村と政宗は同じチーム、相手は部長をはじめとした上級生だ。 「ッあー!!!」 幸村が強引にシュートに持ち込もうとしたボールが上級生にカットされる。 「ばッか野郎回せっつったろうが!!」 「戻れ!」 政宗が追う、しかしボールを手にした部長の勢いは止まらない。 「おらよ!!」 がつん、と部長がゴールポストにダンクを叩き込む。 いまだに揺れているゴールを背に、部長が下級生たちに不敵に笑ってみせた。 「おいおい、それが本気じゃねぇよな?」 あからさまな挑発だが、幼馴染二人はそういうことに対する怒りの沸点がたいそう低いことをは知っている。 味方からパスされたボールを幸村に放りながら、政宗は静かに言う。 「・・・・・・幸村、お前が決めろ」 ボールを受け取った幸村が、目指すゴールを見据えて頷く。 「――この命にかえても!」 男の子は不思議だ、は二人を見ていてそう思う。 よくわからないことですぐケンカするくせに、一つの目的のためには信頼しあって同じ方向を向いて行けるのだ。 不思議だと思うと同時に、なんだか羨ましいとも思う。 「ファイトー!買ったらコーラもう一本!」 声援を送ると、二人が同時に親指を立てて見せた。
(これに勝ったらもいただくとするか) |
※「バッシュ」・・・バスケットシューズの略称。 夏+スポーツ+幼馴染=初恋 の方程式は鉄板だと信じて止みません。 連日大変暑いですが、皆さまご自愛なさってくださいね。 |